2005年04月19日 火曜日
【かつぶし山】
●●今日の寄り道→【夏も近づく】


郷里静岡県清水から見え、ハイキング等に手軽な山に竜爪(りゅうそう)山がある。中学校の遠足で登ったこともあるが、今ではもっと手軽になって自動車でも登れるらしい。
 
手軽に登れるせいか、気安く「ケツ山」などと呼ぶ友人がおり「山頂が二つあってお尻のように見えるから」と言うのだが、「お尻には見えないなぁ」と言うと「みーんなそう言ってるよ」と言う。“みーんな”と言うわりには、その友人以外、竜爪山を「ケツ山」と呼ぶ清水っ子に未だ会っていない。

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静岡がんセンターで母に定期検査を受けさせた帰り、遠路はるばる母を見舞ってくれた友人と母の花見を兼ねて、自動車で日本平に登ってみた。日本平もまた清水っ子にとって手軽に登れる気安い山である。

日本平展望台から見た三保半島。上空に天女が舞っているのが見えるがこのサイズでは確認できない。
Data:SONY Cyber-shot DSC-T1

母は日本平のことを「かつぶし山」と呼ぶ。
 
日本平に登らなくても清水で海辺に出て天気が良ければ駿河湾越しに伊豆半島が見える。もの凄く視界のきく日は西伊豆の山道を行くバスが太陽を反射してキラッと光るのが見えたりもする。
 
母が生まれ育った西伊豆土肥では、わざわざ山に登らなくても海辺に出て天気が良ければ駿河湾越しに対岸清水の日本平が見え、それは“かつお節”に似ているので「土肥ではみーんな“かつぶし山”と呼んでた」と言う。
 
母は兄弟姉妹が10人以上もいる大家族の中で育ったので、「みーんな」が小さいながらも確かに「みーんな」であり、家族内だけでしか通じない超局地的な方言があったりするので油断ならない。
 
母は“怒りんぼ”の事を「きんぱち」と呼び、母の兄弟姉妹は“みーんな”「きんぱち」という言葉を使い、その子どもであるいとこ達も“みーんな”「きんぱち」という言葉を使うので、「きんぱち」という言葉は“みーんな”が使う由緒正しい清水の方言だと思いこんでいたのだが、改めて聞いてみると親戚以外の清水っ子で「きんぱち」を知っているのは“だーれも”いなくて「金八先生のことだろう?」などと言われたりして恥をかいたりするので、“みーんな”という表現は実に信用ならない。


写真上:日本平山頂の鉄塔。僕が幼い頃は3本しかなかった。
写真上:日本平の桜も葉桜になっていたがそれでも桜の花びらが天に舞い上がるよう。
Data:SONY Cyber-shot DSC-T1

戦前のことだが、母が生まれ育った西伊豆土肥の海辺の家から、西の夜空が赤く染まって“かつぶし山”の山稜が異様な姿で見えたことがあり、祖父は
「見ろ!清水が燃えてる、清水はもうだめだ!」
と子ども達に言ったという。おそらく清水上空に低く雲が垂れ込め、小さな火災の紅蓮の炎を反射して、とてつもない大火に見えたのだろう。
 
翌朝、清水北脇の瓦工場に嫁いだ一番上の姉が電話をかけてきて、「家も工場もみーんな焼けちゃった」と泣いたという。祖父は長女の家が燃えるのを駿河湾越しに「もうだめだ!」と叫びながら見物していたのだ。
 
母と日本平の話しをすると必ずこの“かつぶし山”の思い出話しになる。
 
西伊豆には何度も出かけているのに駿河湾越しの清水を眺めた記憶がない。駿河湾越しに見る日本平は本当に“かつぶし”の形をしているのだろうか。
 
共に清水で生まれ育った祖父母は、土肥の海辺に立つたびに駿河湾越しのふるさと清水を眺め、日本平を気安く“かつぶし山”と命名したのではないだろうか。
 
それほどに“かつぶし”というのは郷愁を誘う食べ物ではある。



【夏も近づく】

茶畑の緑が美しい季節になってきた。
 
友人のサイトでは摘み取ったお茶の若葉を天ぷらにして食べた、などという羨ましい日記が掲載されていた。

茶葉の天ぷらが食べたければ確か清水の茶業農家から天ぷらセットが“お取り寄せ”できると聞いたことがあるが、生まれて一度も食べたことがないので“お取り寄せ”する気になれない。それでも「(美味しいんだろうなぁ)」とは思う。
 
旧久能道沿い、清水村松原稲荷神社の境内裏手に楠の大木が一本あるのが気になっていたので裏に回ってみたら小さな茶畑があり、美しい若葉が近づく夏の足音に耳を澄ませていた。

Data:SONY Cyber-shot DSC-T1


 

 


 

 

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