|

2006年01月13日 金曜日
■いわき・両河内・長岡と点をつないで紀ノ国屋書店地下『モンスナック』でカレーを食べながらブルーノ・タウトを読む
福島県いわき市に住む友人のサイトで2006年1月4日と7日の日記として伝統行事鳥小屋が紹介されていた。友人の日記には
「1月3日は、朝8時から正月の伝統行事である「鳥小屋」づくりに参加した。多くの地方で「どんど焼き」と呼ばれる正月送りの行事を行う小屋を、このあたりでは「鳥小屋」と呼んでいる」
とある。
静岡県清水両河内に住む友人の日記でも2006年1月9日の日記としてどんど焼きの様子が紹介されていた。友人の日記には
「今日はこの地区恒例のどんど焼きがありました。今年一年の無病息災を願い、正月のお飾りを燃やす行事です。子供は点火の後のその残り火で餅を焼き、お汁粉にして食べます。大人はその間、一緒に作った豚汁を肴に一杯飲んで、子供の無病息災を願います」
とある。
国立清水海上技術短期大学校(清水っ子には「海員学校」の方が馴染み深い)に息子さんが通われている縁で知り合った新潟市の友人は、今年の豪雪のために自宅の雪下ろしだけでなく、長岡の実家までたびたび雪下ろしに通われているという。冬期休暇で清水から新潟に帰省していた息子さんが、清水に戻る前に庭に作ったという雪だるま型かまくらの写真を送って下さった。素晴らしい。

【写真】新潟市内在住の友人が送ってくれた写真。今回の豪雪で亡くなられた方は今朝のニュースで85名にものぼる。さらに犠牲者が出ませんように。
日本各地に住む友人たちが紹介してくれた美しい日本の冬景色を見ていたら、ブルーノ・タウトが『日本美の再発見』の中で、秋田県横手市で見たかまくらを絶賛していたのを思い出し、再読したいと思ったのだけれど見つからない。
どうせ東大赤門前の古本屋で100円で買ったボロボロの本だったので、仕事で新宿に出たついでに紀伊國屋書店に寄って新たに買うことにした。
「岩波新書赤の10番、岩波新書赤の10番、岩波新書赤の10番……」
と忘れないように呟きながら地下通路を歩いていたら、このサイトの伝言板で友人が、
「紀伊國屋書店の地下のカレー屋、モンスナックって今でもあるんですね。長いですね。鶏がらスープの味が効いていてとてもおいしかったです。1970年代後半よく行きました」
と書かれていたのを思い出し、地下入口から紀伊國屋書店内に入ったら昔懐かしい匂いが立ちこめてちゃんと『モンスナック』はあった。

【写真】新宿紀伊國屋書店地下『モンスナック』。あまりに寒くてカメラを忘れたのでNOKIAの携帯電話で撮影。
『新宿1969年6月』というレコードを、当時高校生だった僕は清水駅前銀座のレコード店『あかほり』で買った。新宿で起こったことに何らかの形で繋がっていたいと思ったのであり、フォークギターを弾きながら清水で『栄ちゃんのバラード』を歌ってみたかったのである。
僕が大学に入るために上京した年にはすでに紀伊國屋書店地下に『モンスナック』はあったけれど、いったいいつ頃からあったのだろう、1969年の新宿騒乱の時には既にあったのだろうかとインターネットで検索したけれどわからない。

【写真】新宿紀伊國屋書店地下『モンスナック』の「ポークカレー」。学生時代よりご飯の質が向上している気がする。
ふと勘定の際に「玉子サービス券」を貰ったことを思い出して財布から取り出してみたら「創業昭和39年」と書かれていた。1964年、東京オリンピックの年から『モンスナック』は新宿にあったのである。

【写真】「元祖スープカレーの店」と書かれており、「そう言われりゃそうだけど……」と笑ってしまう。この小さなチケットを子細に見ると店主はなかなか商売上手なのがわかる。これが新宿魂かも。
1964年の新宿に『モンスナック』ができる30年ほど前、秋田県横手市の冬を旅したブルーノ・タウトは日記にこんな風に書いていた。
「…カマクラを見に町へ出た。すばらしい美しさだ。これほど美しいものを私は曾つて見たこともなければ、また予期もしていなかった。これは今度の旅行の冠冕(かんべん、第一等の意。石原注)だ。この見事なカマクラ、子供達のこの雪室は!」
「空には冴えかかる満月。凍てついた雪が靴の下でさくさくと音を立てる。実にすばらしい観物だ!誰でもこの子供達を愛せずにいられないだろう」
「カマクラのなかにしつらえた雪龕には水神様を祀り(この辺はいったいに水に乏しいのだ)、蝋燭をともし、お供物がそなえてある。カマクラの床に敷いた蓆の上にむき合って座っている子供達の間には焜炉が据えてあり、ぐらぐら煮えかかる汁や甘酒などがかけてある。外からカマクラの中をのぞくと、六歳くらいの童子と五歳くらいの童女とが、それぞれ主人役に主婦役として物静かに控えていることもあれば、もっと大勢の子供達が集まっているところもある。」
「私達がとあるカマクラを覗き見したら、子供達は世にも真面目な物腰で甘酒を一杯すすめてくれるのである。こんな時には、大人はこの子達に一銭与えることになっている。ここにも美しい日本がある。それは――およそあらゆる美しいものと同じく――とうてい筆紙に尽くすことはできない。」(ブルーノ・タウト著、篠田英雄訳『日本美の再発見』岩波新書より)

■

 |
|

僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
こちらは随時更新中!

|
  
|