電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2000年1月30日 日曜日

蛍の匂い

突然だが「蛍の匂い」というのをご存じだろうか? えっ、当然知ってるって? ああ、あなたは賢い。あなたのような友人にもっと早く巡り合いたかった。

自然環境が壊れるのって、本当にあっという間だ。我が故郷清水のドブ川にも、幼少の頃は蛍の群舞が見られたのである。幼児の私がウチワでハラリと叩くと草むらに落ちて煌々と光を放っていたのを鮮明に思い出す。蛍の光って驚くほど明るいのだ。私はその蛍をつまみあげて虫かごに入れて持ち帰り、祖母に蚊帳の中に放ってもらうのが好きだった。で、当時のことを思い出すと、一緒に蛍の匂いを思い出して胸が一杯になるのだが、その話をすると「え〜っ、蛍に匂いなんか無いぞ」と言う友人にしか、不幸なことに出会えなかったのである。悔しかったら調べてみれば良かったのだが、そのままになってしまっていた。

ふとつけたBS放送の蛍に関するドキュメンタリーで、「蛍の匂い」について言及したときは、飛び上がらんばかりに喜んでしまった。蛍はかなり強い匂いのする分泌液を出すのだそうだ。思い出の中の「蛍の匂い」は独特のモノで、蛍が死滅してしまってから40年近く経つのに、いまでもはっきり覚えているのはそのせいだろう。匂いを伴った思い出というのは忘れがたく、切ないものが多いのである。

2000年1月26日 水曜日

貼り紙

最近、貼り紙を見る機会が少なくなった。盛り場などで目にするのは、馬鹿者が貼って行くエロ・ステッカーばかりだ。

まっとうな貼り紙というのは、貼り紙してまで伝達を試みなければならなかった発信者の切実さが読み取れて面白い読み物なのだ。犬や猫などのペット捜索の貼り紙は実に様々な飼い主像が見えてきて味わい深い。谷中の商店主で何十年も飼育していたカメを盗まれた方の、返却を懇願する貼り紙は涙が出そうだった。

忘れられない貼り紙がある。都心にある公営アパートの壁に掲示されたものである。このアパート周辺は捨て猫をしやすい場所であり、一時は随分野良猫を見かけたものだ。やがて巨大ビル工事が始まったこともあって、めっきり頭数が減ったものの、近所の人が与える餌とアパート横に作られた段ボール製の小屋を頼りに何匹かが生活していた。そんな年末のある日、偶然貼り紙があるのを見つけたのだ。

アパートの住人から苦情が出て、管理組合が段ボール小屋の撤去を決めたのらしい。それに対しての貼り紙だったのだが、わたしが記憶している概略はこうだ。

“問題の猫は何年か前にふらっと現れ、住民の与える餌を頼りに生活してきた。今は段ボール小屋で2匹体を寄せ合って生活している。そのうち年寄りの方は病気らしくさほど余命は長くないだろう。最近は目も見えないようだ。もう一匹は子どもかもしれないが、食事のときなど目の見えない年寄り猫を気づかう姿は、猫好きでなくとも見る者の胸を熱くする。私たちは公営ということもあって、都心の一等地に破格の家賃で住まわせてもらっている。そんな私たちが、病気の猫に雨露を凌ぐための軒下を貸す程度のことがどうしてできないのか。せめて春が来て暖かくなるまで待ってやる程度の思いやりがどうして持てないのか”

というものだった。私の拙文よりはるかに清冽な名文だったのだ。多少感傷的過ぎる恨みは残るものの、年の瀬ということもありしみじみとしてしまった。その後、子どもらしいたどたどしい字で賛意を表す書き込みがあったのも微笑ましかった。

その顛末だが、段ボール小屋は雨がかからず、しかも住民の目に触れにくいアパート脇の一角に移設され、私がその道を通らなくなるまでは存続していたのを確認している。やさしい決断をした自治会に敬意を表するとともに、老猫が安らかに天寿を全うしたことを祈りたい。もう5年以上前の話だ。

2000年1月24日 月曜日

アースの時代

パソコンなんぞで仕事をするようになると、外国製品を買って、ACコードに必ずアース端子が付いているのを、邪魔臭いなぁと常々思っていた。アースなんかしなくても何の問題も無かったのだ。

ところが最近入って来た情報によると、最近流行のプラスチック製スケルトンの機器ではアースをしておかないと大変なことになるようだ。そもそも、箱から取り出した時に大変な静電気を帯びていて、うっかりACプラグの先端を握ったらしばらく呆然とするほどの感電を体験した人もいるようだ。また複数の機器をACコンセントに接続する前に、機器間同士を接続しようとして、激しい火花と共に双方の機器が破損するなどという悲劇も起きているそうだ。

流行のパソコンを買ったら、まずACコンセントに接続してから、機器間の接続をしたほうがよい。そして、コンセントをアース端子付きのものに交換してもらったほうが更に好ましい。乾燥している冬期は静電気の影響でパソコンが落ちる(シャットダウン)する事故も起きているようだ。

2000年1月23日 日曜日

さよならきんさん

きんさん・ぎんさんのきんさんこと、成田きんさんが107歳で亡くなられた。

人生、生きられた時間より残された時間の方が少なくなると、不思議なことが起こる。たいして子供好きで無かった私が、子供の「聖性」に目覚めるって言うか、「誰の子供でも子供って愛おしくて大切なモノだなぁ」などと感じるようになってしまったのである(変態じゃないぞ)。

数年前100歳目前で祖母を失ったのだが、100歳近くなった老人にも同様の感じを受けるようになっていた。じいさん、ばあさん関係なく、「誰のじじばばでも100歳老人って愛おしくて大切な、不思議な生き物だなぁ」と思えるのである。

そんなわけで、きんさんが亡くなられたことは結構悲しかったりするのだ。「きんさんが亡くなったんだってさ」と言うと、妻は「あら、そう」と素っ気ないので、ここは追い打ちで、「ぎんさん、泣いてたってさ」と言ってやると、急に涙目になり声をつまらせていた。それでよろしい。手間のかかる奴だ。

2000年1月22日 土曜日

遠い近いということ

先日来の寒波のおかげで富士山が山頂から裾野まで真っ白に冠雪している。イラストレーターの川上さんの新居からも同様の富士山が見えるはずなので電話してみると、こんな話になった。

以前住んでいた練馬のマンションと富士山の見える大きさが違うのは何故だろうと言うのだ。

「そうでしょ、山の大きさって日によって違って見えるでしょ」
と、私。実は、ちょっと話が噛み合ってないんだが。小学校低学年の頃、清水で毎朝見る富士山の大きさが違っているのは何故だろうと真剣に考えていたことがある。そんな頃、偶然聞いたラジオ電話相談の先生の答えはこうだった。

「山を見る時、手前に家があったり、電柱があったり、木があったり、人が立っていたりすると、回りの物の影響で目の錯覚が起こり、山が大きくなったり小さくなったりして感じるのです」

小学生の私は、そんなことはないと地団駄踏んで宙に向かって意義を唱えたものだ。だって毎朝富士山を見ていた祖父母の家からは単調に広がる田んぼ越しにしか富士山を見ることができなかったのだ。前景なんて無いのである。

高校生になり、写真部に所属し、毎朝自転車通学し、しかも少しだけ賢くなっていた私は、富士山の大きさが違って見えるのは、私と山との間にある大気に関係しているのではないかと思うようになった。というのは、清水市内から見る富士山も場所によって大きさが違って見えるのだ。具体的に言うと、三保半島に移動し富士山と私の間に駿河湾が割って入る位置関係になると、急に富士山の大きさが違って見えるのである。おそらく地上の大気を通して見るのと、海上の大気を通して見るのとでは、屈折率等の違いがあるためではないだろうか。

カメラで定点観測すれば明らかだと思うのだが、なかなか実現できないでいる。東京の事務所からは富士山が遠すぎるのと、間のビル街が年中不変の特殊な都市型気象を作り出しているためか、あまり大きさが違って見えないのだ。これでは電話相談の解答を後押しすることになってしまう。ちなみに川上家の不思議は電話相談型の説明の方が正しいのだろう。

2000年1月21日 金曜日

子供の科学

突然だが表題の雑誌を定期購読することにした。これはなかなか面白い。私のように理系の学問から逃げ回っていた者にとって、わかりやすいことこの上ない。かつて先端科学は商品と共にやって来て、実用の中に様々な科学の不思議を具現化して消費者を楽しませてくれたものだが、最近の商品はちっとも夢が無いので、「子供の科学」を読んでいた方がよっぽど面白いことに気づいたのである。

ま、以前誠文堂新光社さんには仕事とお金をいただいたことがあるので、少しだけ還元ね。

しかし、「子供の科学」でペンフレンドを募集する女子小学生がいるんだなぁ。面白い子だなぁ。「初回は80円切手とプリクラ同封のこと」だってさ。しっかりしてること。

2000年1月20日 木曜日

ヘンな信号機

JR巣鴨駅前というのは平日でもじいさん・ばあさんでいっぱいである。言わずと知れたじじばばの原宿、巣鴨地蔵通り商店街があるからである。それにしても毎日毎日これだけの老人集客力があるというのもヘンだが、今回はその話ではない。実はこの駅周辺の歩行者用信号機がヘンなのである。

視力障害者のことを考慮して「信号がアオになりました」「信号が点滅を始めました」とか、音声で知らせてくれる信号機は良く有るのだが、この辺の信号機は、信号がアカの間中、

「アオになるまでお待ちください、アオになるまでお待ちください…」

と、連呼し続けるのである。で、やがてアオになると、

「アオになりました」

と、言うのである。これはヘンだと思う。ヘンだと思わない人は子どもの頃の駆けっこを思い浮かべてほしい。スタート係が「よーい」と言って間を置いて「ドン」で走り始めるのを、

「ドンと言うまでお待ちください、ドンと言うまでお待ちください…」

と、連呼し続けたらどうだろうか?このあたりの横断歩道で信号待ちをしている若者を見ていると面白い。「アオ」の一言に反応してついつい一歩足を踏み出してしまうのが見られる。その一歩踏み出した足の上をタイヤが通過することだってあるかもしれないぞ。管轄警察署は訴えられる前に改善したほうがいいと思う。「信号が」と頭に付け加えるだけでもいいからさ。

2000年1月19日 水曜日

ヤッホー!

インターネット関連株が高騰しているそうで、YAHOO!株が一時1億円を超えたそうだ。ま、これで某編集事務所のK藤のように「やっほー」等と読むお馬鹿が大分経るだろう。しかし、子どもの頃、本も読まなかったくせに編集者などという職業をなぜ選んだのだろうか?自分がヤフーだということも知らずに…。

2000年1月17日 月曜日

また相撲だ

雅山が全勝の曙に土をつけ、曙と武双山が1敗で並んだ。殊勲インタビューで雅山は、同じ部屋の武双山関の「援護」をしたかったと答えた。若者でさえ「この程度」の受け答えができるのに、どうして今日もNHKのアナウンサーは「援護射撃」と叫んでいるのだろう。馬鹿なのか。

今場所、土佐海は引き技が多い。二日続けて引き技で勝っている。引かれると前に落ちやすい弱点を矯正しすぎて逆噴射力士になってしまったのだろうか。いっそ逆向きで立ち会いをしたほうが突進力があるんじゃないか。オートマチック車の暴走、またはザリガニの退却みたいで、受けるかもしれない。

2000年1月16日 日曜日

町の「老人力」

友人が引っ越しをしたので週末を利用して訪問した。吉祥寺から板橋区大山という土地に居を移したのである。早速近所の商店街を案内してもらったのだが、トレンディな街から庶民的な町に引っ越した友人が、すっかりそれ風に溶け込んで見えるのが可愛らしい。擬態の巧い爬虫類みたいだ。しかも天井の低いマーケット内を歩いている後ろ姿を見ると、五十近くなって身長が伸びたようにみえるのも面白かったりするのである。

で、大山駅前の商店街は素晴らしい。「下町風」などというと、「京王線に乗って来てくださる山の手の奥様方」などと口走る新宿の某デパート馬鹿店長みたいなので、やめておこう。赤瀬川風に言えば「老人力のついた商店」が多いのである。こういう町並みは作ろうとして作れるものでは無い。店内や店構えの隅っこに「神サン」が棲み付き始めた場所があるのだ。

日本中どこも景気が悪くて大変そうだが、再開発の名の下にこういう商店街が破壊されなかったことは不幸中の幸いだと思う。1月17日は神戸の震災からまる5年目の日だ。懐かしい三宮の「老人力のついた商店」はもう無いのだと思うと胸が痛む。NHKでは定点観測風に復興しつつある町並みを紹介しているが、あの真新しい町並みに「老人力」がついて「神サン」が棲み付き始める頃には、こちらがもう生きていないかもしれない。

2000年1月13日 水曜日

どくだみ荘

カメラマンの川上哲也さんが、友人の漫画家福谷たかしさんが描かれた「どくだみ荘」を探していると聞いていたので、以前から気にかけていました。近所の古本屋で全35巻セットというのを発見し、今手許にあります。

「あの35巻セットをください」というのは結構楽しい体験でした。親父さんの笑顔が「ありがとうございます」と花が咲いたようなので、新春のおめでたさが倍増した気分です。「続・どくだみ荘」5冊もおまけにつけて、週末に転居祝い兼、新年会でお邪魔する際の手土産にすることにしました。めでたし、めでたし。

2000年1月12日 水曜日

小さな「むかし」見つけた

本郷通りを白山上から、上富士方面に歩くと道がS字型に蛇行し、やや道幅が狭くなる区間があります。このあたりは吉祥寺の門前を中心にして、昔の町並みの面影がうっすらと残っていて好きな場所です。写真は、古くからあるらしい運送屋さんの店頭です。天井から吊り下げられた地域表示の看板を見ていると、昔の駅の構内を思い出します。親に手を引かれて「チッキ」(チッキ[チェック(check)の訛] 旅客が旅行に必要な物品として乗車券を呈示して託送する手荷物。また、その引換証。国鉄では1986年廃止。広辞苑第五版より)を出しに行ったのもこんな空気感の漂う場所でした。丸ゴシック体風の文字を見ると昔の旅を思い出します。こんな場所から旅に出る荷物は幸せですね。

この写真を撮った数時間後、東京は雪になりました。

2000年1月11日 火曜日

究極の愛

鮟鱇のオスというのをご覧になったことがあるでしょうか。

当サイトにもリンクさせていただいている清水市の魚屋さん「魚初」のサイトで珍しい画像が公開されています。鮟鱇の繁殖行動に関しては全く無知だったので少々ショックです。交尾後のオスの末路というのが、全く奇っ怪で、心の中で謎が謎を生んでいます。

ちょうど理化学系の出版社の方がいらっしゃったので尋ねたら、さすが良くご存知でした。「究極の愛ですね」とのことです。

鮟鱇のオスについては、下記のページでご覧ください。

http://www.app.ne.jp/~hassan/syunn-1.html

ついでに、お取り寄せして(メスのほうを)、鍋でもいかがでしょうか。

2000年1月10日 月曜日

SUMO Wrestling!

いよいよ初場所が始まりました。

相変わらずNHKの解説が不快です。琴龍が佐渡ヶ嶽部屋の総大将だってさ。どうしてこの局のアナウンサーは切り込み隊長とか、援護射撃とか、核弾頭とか軍事色の強い言葉が好きなのでしょうか。

ま、ちいさいほうの「●び●」が駄目で、ちでっかい方の巨人がOKの国だからね。軍事は景気いいから良いの?

それにしても、土佐の海がとても良くなって、栃東がさっぱりなのが残念。

2000年1月9日 日曜日

NAGIRAってどう書くの?の続き

「なぎら健壱」さんのなぎらが「柳楽」だと聞いて驚いてみたものの、考えてみると「楽」を「ら」と読む苗字って結構あるんですよね。「相楽」と書いて「さがら」、「設楽」と書いて「したら」または「しだら」という方もおられます。

私が納骨される予定になっているのは清水市にある法蟹寺(ほうかいじ)という寺にある墓地です。ここはかつて弘法大師空海が通りかかった際、蟹が現れて道案内したという可愛らしい来歴のあるお寺です。

年末に墓参りした際「設楽」姓の墓が多いことに驚きました。あっちも設楽、こっちも設楽といった具合です。清水市で多いのは「望月」「遠藤」姓で、地元では「望月、遠藤、い●の●そ」(自粛)などと言う無礼な奴もいるようですが、この墓所では少ないのも不思議です。

2000年1月8日 土曜日

NAGIRAってどう書くの?

三好春樹著「じいさんばあさんの愛し方」(法研刊)の表紙を描いていただいた伊藤智代美さんから年賀状とともに電子メールをいただきました。智代美さんも「なぎら健壱」ファンだそうで、なぎらの漢字名を教えていただきました。「柳楽」と書くのだそうです。

以前友人たちと「なぎらってどう書くのだろう?」と話していた時、はまボーズさんがそんなことを言っていたような気がしますが、これが正解なのだそうです。

伊藤智代美さんありがとう。

2000年1月7日 金曜日

星降る夜の冷たいビール

真冬でも冷蔵庫でキンキンに冷やしたビールを飲んでいるのは日本人だけだ、欧州では燗ビールだってあるんだぞと、何かの本で読んだことがあります。

我が家には冬の間の楽しみが1つあります。北向きの窓のベランダは日中日もささず、ひんやりしているのですが、そこに美味しい純米酒とエビスビールを段ボールに入れて放置してあり、窓をちょっと開けて飲む分だけ室内に持ち込んでいただくのですが、これが絶品なのです。

暖かな夜は暖房を控え目に、凍える夜はバンバン暖房して、という生活に外気温で冷やしたお酒がベストマッチなのです。グイッと飲んで喉を落ちていく温度が何とも心地よく、美味しいなぁと思って実行しているのですが、母が正月を過ごした際「どう思う?」と聞いてみると「お〜いしい」と感激していましたので確かなのでしょう。

冷蔵庫で飲みごろの温度に冷やしておけば同等の味を楽しめそうなものですが、どこか違うのです。井戸水で冷やしたスイカが美味しかったり、天然氷が美味しかったりするのに似ています。まあ、気のせいかもしれませんが、身体の中に冬の星空が広がるような味だと言ったらロマンチックでしょ?

2000年1月6日 木曜日

静岡おでん

今書店に並んでいるdanchu[ダンチュウ]2000年2月号の100〜105ページに作家の村松友視(字が違うとメールをいただくのですが示見という字は舶来コンピュータではサポート外です)さんが、静岡おでんについて紹介しています。

この料理に欠かせないのが名物「黒はんぺん」です。幼児期を清水市で過ごした村松氏によると、地元では「はんべ」と呼ばれていたとあります。口語を筆記するということは面白いもので、私の記憶では「はんべぇ」と言っていたように思います。地元駿河の料理人「半平」が創作したことに由来するという説を聞いたことがあります。ですから「半兵衛」の読みに一番近い気がしていました。清水弁で言うと、
「やい、はんべぇをちいっと、くれてみょお」(おい、黒はんぺんを少し、よこせ)という感じです。まあ、どうでもいいことですが。

残念なのは紹介されているのが静岡市の店ばかりで、清水は1軒だけなのが寂しい限りです。それに「だし粉」のかけ方のお上品なこと…。
「やい、まっとだし粉をかけてくりょお」
と、言いたくなります。

追記:あまり知られていませんが、清水の人は黒はんぺんをフライにしてソースをかけて食べるのです。以前駅前銀座のみなとマーケットで衣を付けて揚げる直前の状態にしたものを素材として売っているのを見たことがあります。母の営んでいる居酒屋のメニューにも以前存在したのですが、もう定番から消えてしまったそうです。懐かしい郷土の味です。

2000年1月5日 水曜日

Y2K問題レポート

西暦2000年にコンピュータが年を4桁で扱わないことから発生するY2K問題ですが、今のところ大きな問題は発生していません。

小さな問題としては、友人が使用しているClaris Emailer-J 1.1が4桁の年数を扱えないことが明らかになりました。実は友人と同ソフトにY2K問題がありそうだという情報を以前入手していたので楽しみにしていたのですが、やはり問題がありました。メールのヘッダに書き込まれる「Date: 」のタイムスタンプが「00」になってしまいました。OutlookExpress5JとMusashi 3.1.1-jpで友人のメールを受信すると上記の問題が発生します。ところがARENA 1.6.2で受信するとヘッダは「2000」に修正されているのです。メールの元データに手を加えることは考えにくいので、ヘッダ情報を表示する際に修正してくれているのかもしれません。なかなか心憎い配慮だと感心しました。

Y2K問題とは関係ないかもしれませんが、当サイトを更新するために使用しているFTPソフトNetFinder v2.0.4Jが2000年に入って起動しなくなりました。起動しようとすると「使用期限は1999年で終了しました」と出てしまいます。早速同ソフトのサイトに行ってみると西暦2000年用のパッチが登録されていました。やれやれ。

ところで年を4桁で扱うようにする作業は、世界で25兆ほどのお金を動かしたそうですが、8000年後の対応は先送りにされたのでしょうか?


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