電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2000年5月31日 水曜日

長岡鉄男さんにさよなら

「音楽とは音を楽しむことであり、再生装置は楽しい音を作るための機械であり、オモチャである。」

オーディオ評論家の長岡鉄男氏が亡くなられた。享年74歳。

私の学生時代は大変なオーディオブームだった。私も親元を離れると同時にオーディオ装置が欲しくなった。視聴室で聴いた DENON という会社のアンプが欲しかったのだが、学生の分際で手の出せる代物では無かった。このアンプ、メインアンプにダーリントンパワートランジスタ(よくわからないけれどダーリントン接続を用いた半導体)を用いていた。で、そのダーリントン君を搭載した安価なアンプが DIATONE から発売された時、嬉しさのあまり迷わず購入してしまった。シャーシを開けてみるとヒートシンクに取り付けられたトランジスタにマクドナルドのマークみたいな M の文字が印刷してあるのが嬉しかった。思えばこの時から、将来パソコンなどを触るようになっても、Windows ではなく Macintosh にと運命付けられていたのかもしれない。モトローラとの初めての出会いである。

このアンプを長岡鉄男氏がそこそこに誉めていた時は嬉しかった。何故かプリアンプ部を激賞し、氏は自身の装置でプリ部のみを使っていたけれど…。この方の良い点は、権威主義的でないところ。安物で無名でも良いものは良いと認めた事、そして良いものが無ければ自分で作ってしまおうという道に進んだ事だ。氏のスピーカー工作の記事は随分スクラップしてあったのだが、とうとう1本も作ることはなかった。それでも随分と想像の世界で楽しませていただいた事に感謝し、ご冥福を祈りたい。

2000年5月30日 火曜日

はたらきばち

巣で待つ、「女王蜂である妻」の下へ、「男子は働き蜂」としてせっせと蜜や花粉ならぬサラリーを持ち帰り……なぁんて例え話を聞いても別段違和感も無かったのだが、なんと「働き蜂」って雌だったんだそうだ。知らなかった。その証拠に働き蜂の尻の針は「女王蜂」になり損ねた雌の産卵管が変化したもので、当然雄には針が無いのだそうな。

で、雄は何をしてるかというと巣の奥で雌の「働き蜂」が持って来る花粉を食べながら来るべき交尾の日に備えて鋭気を養っているのだという。

ん? 人間より蜂の雄の方が恵まれているではないか。男性は自分を「働き蜂」なんぞに例えるのはやめておいた方が良い。

2000年5月26日 金曜日

麦酒の季節2

かつて勤めていた会社の後輩で新潟にUターンした友人が上京したので、サラリーマン時代の同窓会のような面々を誘って飲んでしまった。楽しかったので、酩酊してしまいどうやって家に帰ったかも覚えていない。やれやれ。

面白くて覚えている話のひとつに、「最近の若者はどうして“枠(ワク)”というヤツが好きなのか?表計算ソフトのExcelなんぞをワープロ代わりにして文章を書いているのにはあきれる」というのがあった。

これはわかる。われわれの商売ではExcelで「目次原稿」を作成し、CSV形式でTEXT書き出しをしたファイルとともにメール送信してくれる「気の効いた」編集者がいる。これは大変便利だし、DTPの世界では賢いやり方だと思う。原稿の組み替えにひどく役立つのだ。

だが、友人の憤りはそんな高尚な事にあるのではない。ちょっとした文章を書くにも何か枠組みが無いと作業のできない奇妙な感性にあるのだ。そういえば、私がその会社に勤務していた当時は、まだ完成した形でのワープロなど無くて、事務職の者は手書きで文書を作成していた。驚いたのは事務職の中に手書き文書中の欧文・算用数字を文字のテンプレートを使用して書いているヤツがいたのだ。工業デザイナーが図面作成で使うのは知っていたが、彼の使っているのは製図用のものではなく、文具店で売っている定規・丸・三角・四角・星型などがオマケで付いているピンク色のプラスチックのものだし、書いているのは図面なんかじゃないのだ。なにか業務報告のようなものを書いていたのだがアホじゃないかと思った。

精神科医のキューブラー・ロスは、生活は安定するが退屈な職についたとき「方眼紙に定規で線を引くような仕事」は私にはできないと即座に辞した。私も決められている枠の中を文字や図形で埋めていくような仕事は狂おしいほど苦痛に感じるのだが、枠の無い真っ白なパソコン画面に向かった時、「狂おしいほどの苦痛」を感じる感性というのもあるのだろう。しかしクリエイティブな職種には全く向かない感性だし、例え事務職であっても不況にあえぐ日本の企業にとっては無用な人材であると、経営者や管理職なら言いたい気持ちを抑えることはできないだろう。

2000年5月24日 水曜日

麦酒の季節

JR両国駅から歩いて凸版印刷まで出張校正に出かけた。いやぁ、暑い暑い。麦酒が美味しい季節到来である。

アスファルトの道をアサヒビールの「うんちビル」がある方角へ、汗をかきかき歩いていると、公園が左手にあり何やら殺伐としたオブジェがたくさん並んでいるのが目に入った。ちょっと気になったので寄り道してみると、なんと1923年9月1日に関東地方を襲った大震災で焼けた遺構が展示されているのだった。死者・行方不明者10万6千人余というからすごい。

写真は大日本麦酒吾妻橋工場の焼けた鉄柱。地震の後この下町一帯を襲った火災の激しさを思うと、汗が引く思いだった。黙祷。

 

2000年5月21日 日曜日

電子のお針箱

ミシン掛けをしている女性の横顔を見るのが好きだ。結構そう思う男性は多いのではないだろうか。子どもの頃、母が家にいてミシンを踏んでいるひとときというのは、何とも穏やかな至福を感じたものである。

どこか機械の動きが悪いとみえて、金属の油差しの底をペコッペコッと鳴らせてミシン油をくれている女性というのも大層愛おしく感じたものである。つくづく、女性にとってミシンというのは家庭円満を保つ大事な宝物だと思う。

我が家のミシンの調子が最近悪いのだが、出張サービスの年配技術者氏は、最近のミシンは使い方にもよるが三年から五年で寿命と考えた方が良いと言えるような作りになっていると、申し分けなさそうに話していた。コンピュータ内蔵などと派手な宣伝をしつつ、機械部分は使い捨てともいえるような手抜き構造化が進んでいたらしいのだ。

小学生時代、母が使っていた足踏みミシンは祖父が嫁入り道具として持たせてくれたものだったが大変堅牢だった。一人留守番の時、あちらこちらを動かしたり、下糸の出て来る釜の部分を開けてみて不思議な構造に目を輝かせていたものだが、やがて引っ越しを機会に泣く泣く手放す時、昭和四十年当時、千円で廃品回収のおじさんに引き取られていった。我が家の電子のお針箱を廃棄するには有料で粗大ゴミ回収用のチケットを買わなければならない。

2000年5月20日 土曜日

上野文規さんのこと

ああ、あの頃は…なんて、ため息が出るほど前の話だ。

三好春樹さんが上京して最初に構えた事務所の近く、地下にあるイタリア料理店での飲み会の席。「今日はすっごくカッコイイ男性が来るのよ」なんて女性たちがウキウキしている。そして、やって来たのは長身で眉目秀麗な美青年。一目見て「負けたな」と観念した。上野文規さんとの初めての出会いである。

ルックスでは似ても似つかない私でも、一つぐらい美青年との共通点はあるもので、「電子文具を用いた情報管理」などというものが大好きなのだ。「紙に書いた方が早いじゃないの」などと笑われながら、小さな電子手帳を覗き込むように操作していた美青年の姿が今でも鮮やかに蘇る。

「電子文具を用いた情報管理」なんて格好つけたところで、やりたいことはせいぜい日程管理と住所録程度なのだが、これら情報の断片を「カテゴリー」に分類しておくと瞬時(本当は紙の手帳の方が早いとよく笑いものになる)に呼び出せて便利なのだ、と「電子文具」擁護派の私は無理筋と知りながらも“断固”強弁したりする。

ところが、この「カテゴリー」というのが厄介で、「編集者」「イラストレーター」「印刷会社」等と職種で分類できる人以外をどうするかが悩みの種なのだ。「友人」などという「カテゴリー」を作ってみるが、「○○某(友人)」と入力してみると、「こいつ、友人なんて呼びたくないなぁ」と液晶画面の文字を眺めながら考え込んでしまう。保険代理店とか、OA機器メーカーの営業とか「ビジネス」というジャンルの人と一括りにしてみるのだが、今度は損得勘定で付き合っているようで座り心地が悪い。「しがらみ」「お付き合い」「腐れ縁」などという「カテゴリー」がピッタリのような気がしないでもないが、置き忘れたりして当人に見られたらと思うと恐ろしい。結局「友人」の「カテゴリー」に入れて、縁が切れたら即座に消去しようなどと考えながら、毎日「電子文具」を情報でパンパンに膨らませて持ち歩くことになる。この辺は「紙のシステム手帳」派と同じなのだが、「原子」レベルで重くなることも無く、スイッチをオフにしておけば暗転して見なくて済むのが「電子」のありがたい所なのだ。

あまり人付き合いの良い方でない私にとって、上野さんは躊躇無く「友人」の「カテゴリー」に入れられる数少ない一人なのだが、思うにその条件は「ああ、この人とあの頃をもう一度生きてみたい」と思える一瞬を過去に持てたかどうかにかかっているような気がする。

2000年5月17日 水曜日

たれ、垂れ、タレ

編集者であり、先輩であり、友人であり、かつ宿敵でもある方から「サメのたれ」と「ウツボの一夜干」をいただいた。

清水名物「イルカのたれ」が大好物の私は「鯨のたれ」に続き、「日本三大たれ」(勝手に決めた)を制覇したことになる。「サメのたれ」は想像していたより柔らかく、特有な臭いも無く「日本三大たれ」の中で最も食べやすいと思う。というか、「サメ」である事を隠して食べさせられたら「サメ」だなんてわからないのではないだろうか。

「ウツボの一夜干」の方は珍味。「ウツボ」の善し悪しはわからないが、いただいたものは「ウツボの一夜干」の中ではかなり上等なものではないだろうか。「地元の人なら泣いて喜ぶ」という奴だと思う。切り分ける前は2メートル近くあったというし、その皮の斑模様と来たら…。味の感想を正直に言えば「うままずい」。独特の香りのある脂が珍妙、しかもブーメランのような面白い形をした硬い骨が至る所にあって、安直に飲み込む事を拒否しているような構造になっているのだ。舌が「まずい」と言っているのに、心が「うまい」と同時(誤)通訳してしまうのは、ひとえにかつて訪れた紀州の海の碧さ、熊野の闇の深さ、「ウツボの干物」で「茶粥」をかっ込む友人(どうしてるかなぁ)宅の清貧の食卓が思い出されてならないのだ。

風土食愛というのは、他所者にとっては真正直な舌が即座に「まずい」と感じることが多いのを、そんなものが何故その地域で好んで食されるかに思いを深くすれば「旨味」がしみじみと沸いて来る、という構造になっているのだと思う。

新茶の美味しい季節になり、我が家にも清水の姉貴から両河内(りょうごうち)産のとびきり上質な新茶が届いた。「サメとウツボ」の友人から「最高に不味い」と酷評された「焼津の鰹の塩辛」(塩以外無添加、とびきり塩辛い)が恋しくなった。50度ぐらいのお湯で柔らかく色良く入れた新茶を、冷ました御飯にかけて、「焼津の鰹の塩辛」をのせてかっ込むお茶漬けは、青臭さと、甘さと、生臭さと、塩辛さが渾然一体となった私の愛する風土食なのだ。もう想像しただけで涙ちょちょぎれ。

目に青葉 山不如帰 初鰹

2000年5月16日 火曜日

モジュラージャック

昔は電話機の取りつけなどというものは個人でできるものではなく、腰に工具をぶら下げた電話局の方を呼んでやっていただくしかなかった。そこらの電気屋で電話機を買って来てワンタッチで取りつけてすぐに通話、なんて、とても一般人にできることではなかったのだ。それができるようになった大きな理由の一つは家庭内の電話の端子がローゼット式からモジュラー式になった事だろう。1cm角ぐらいの小さな部品が付いたケーブルを、コンセントに電源コードを差し込むようにカチッと差し込めば完了。しかも簡便なロックがかかるようになっていて多少引っ張っても抜けないようになっているのだ。この構造を考えた人は偉い!

と、少々持ち上げたところで、パソコンからモデムを使って通信するにもこのモジュラーケーブルを使うのだが、この端子を考案した人はこれほど頻繁に抜き差しされるなんて考えていなかったのではないだろうか。そう言いたくなるほど、この端子が壊れやすいのだ。

ノートパソコンを電話線につなぐのは、私の場合深夜や早朝に一度だけなので多くて年間365回なのだが、モジュラーケーブルが一年壊れずにいたことが無いのだ。要するに連続抜き差しテストをしたら500回すら耐えられないのではないだろうか。目を近づけてよ〜く観察すると、このロック機構をつかさどる部分がバネの効いたテコのようになっているのだが、素人の私が見ても付け根の部分が金属疲労ならぬ樹脂疲労でポキッと折れてしまうのは時間の問題のように見える、まずい設計なのだ。

こういう規格化された部品の細部を改良するというのは許されないのだろうか。ほんのちょっと金型をいじるだけでぐ〜んと耐久性のある物ができそうなのだが。

で、手許にあるモジュラーコードをかき集めて観察してみると、すべて規格品のクローンの様に見えるジャック君に微妙な違いがあるのがわかった。概してパソコン用品売り場でモバイル用に売られている繊細なコード付きでお洒落な奴に比べ、配線用品コーナーで買ったコードが太めの奴はバネ部分の硬さ、付け根の金型の作りが違うのだ。サラリーマン時代に会社で買って貰い記念にいただいて来たノギスをあててみるのだが、私の持っている奴では誤差がわからない。目で見ると少し厚めの気がするし、指で触れると樹脂の触感が細部で微妙に違うのだ。モバイル用のジャック君は、押すとテコが直線のまま引っ込むのだが、配線用のジャック君はちゃ〜んと弓なりになってくれるのだ。

で、結論。パソコン売り場のモジュラーコードはお洒落だが弱い、しかも高い=ぼったくり。配線用の無骨な奴はダサいけど丈夫、しかも安い(ただし嵩張る)=誠実なジャック君。

2000年5月15日 月曜日

連休の終わり

連休中をのんびり過ごし過ぎた「借金」を返し終わり、ホームページの更新再開。

とうとう小渕恵三さんが亡くなられた。享年62歳、早すぎる死だったと思う。黙祷。

早すぎるといえば、PowerBook 2000/500MHz/FireWire/512MB が届き念願の「何処からでもサイト更新」ができるようになった。夜更けに起き出してパジャマ姿のインターネット接続が念願だったのだが、仕事場の Macintosh より格段に高速なノートを遊びで使うというのも奇妙なものだ。

初めて PowerBook 170 special を購入した時、そのスピードに不満は無かったはずなのに、PowerBook 5300/100 が来てから PowerBook 170 special は置物と化し、PowerBook 2000/500MHz/FireWire/512MB が来たら PowerBook 5300/100 に触る気がしなくなってしまった。人の高速化への欲望は際限無いものだ……と、書きたいところだが、実はメーカーの OS や ソフト の低速化=「ユーザーの PC の陳腐化」への不断の取り組みに際限が無いだけのような気がする。どんどんソフトが重くなるので、高速なパソコンが欲しくなると言うマッチポンプ式の経済原理に組み込まれているだけなのだ。

500MHz のクロックが遅く感じ、512MB メモリーが貧弱に感じるようになるのも、そう遠い事ではないかもしれない。

2000年5月6日 土曜日

日本のファミリーは大丈夫か

老人というのは子どもと同じように、突拍子もない事を言うので驚く。

昨日、民芸品店備後屋の帰りに昼食は何が食べたいと聞くと、ファミリーレストランに行きたいなどと言うのだ。私、通称ファミレスが嫌いなので連れて行った事などほとんどないのだが、行ってみたいらしい。

こどもの日のせいか大混雑。杖を突いた老人を見つけた先客が空き待ち用のソファを譲ってくださったものの、待てども待てども席に案内して貰えない。後で気がついたのだが備えつけの紙に順番待ちの記帳をしておかなければならないらしい。昔のボーリング場みたいだ。そういえば喧しさまでそっくり。

やっと席についてメニューを見ると★特大240gハンバーグ★とか激しい献立ばかり。年寄り向きの献立は無いかと探すと、片隅にカジキマグロの照り焼きをメインにした和食を見つけてホッと一安心。全員同じオーダーにして一件落着。

待っている間、店内を観察するとさすがに子ども連れが多いのだが、その子どもたちは次々に席を立ってセルフサービスで飲み放題のジュース・炭酸飲料などの砂糖水をガブガブ飲んでいる。そして皆、★特大240gハンバーグ★クラスのメインディッシュをバクバク食べている。私の子供時代と体形はさほど違わないのに数倍の食欲である。おおげさに言うつもりはないが、半数以上の子どもが肥満児である。これは将来大変な事になるのではないかと、人の子どもではあるけれど心配になる。

さて、私たちのカジキマグロの照り焼きだが、これがまた味も素っ気もない工業製品みたい。本当にマカジキ科とメカジキ科の硬骨魚で美味とされるあの魚だろうか。地球外生物のような変な食感なのだ。地球防衛軍の隊員なら光線銃片手に、有無を言わさず厨房の捜索に入りたいところだ。

「動くな、包丁を床に置け!」

しかし、厨房を占領したエイリアンたちは包丁など使っていないかもしれないし、思いも寄らない気絶しそうな光景が待っているかもしれない。だが地球防衛軍たるもの怯んでなどいられない。次にエイリアンたちに言い放つ台詞はこうだ。

「貴様ら、カジキマグロに何をしたっ!」

2000年5月5日 金曜日

新宿若松町備後屋にて

こどもの日という事で、本来ならお子様にサービスする日ということになるのだが、幸か不幸か子どもがいないので前日に引き続き義父母にサービスする日とした。以前から備後屋に行きたいと言っていたので、タクシーに乗って出かけてみた。

備後屋は金海窯の器を常時在庫しており、湯呑みでも買おうかなと品定めしていたら店員さんが、
「そちらは、韓国の金海窯のものでございます」
「ええ、日本から技術指導に行っていた筈ですね」
と、答えたのだが聞くところによると廃窯になってしまったらしい。自然と同じで一度滅ぼしてしまったものを復活させるのは至難の業なのだろう。日本人の犯した罪の大きさを感じる。日本国内で同様の技法で焼き続けられているらしく国産のものも拝見したが、土が違うせいか茶色っぽく、何ともいえない無彩色の品の良さが失われているのが惜しい。韓国で焼かれたものの残りで特に形の不釣り合いなやつ(そういうのが好きなのだ)を記念に二つ購入。

5階のギャラリーで素晴らしいぐい飲みを見つけたので値段を見ると何と六万円もする。そりゃそうだ、濱田庄司やバーナード・リーチに混じって展示されていた島岡達三作だった。当然断念。

2階の「庶民コーナー」に、ちょっと気になる焼き物を作っている人がいて名前は神谷正一さん、1948年うまれで島岡達三氏の助手を勤めていた方らしい。こちらの可愛らしい小皿を一枚購入。さらに清水の母に合田窯の大鉢を母の日のプレゼントに購入して私の買い物終了。
良いこどもの日になったと思う。

2000年5月4日 木曜日

飛鳥山散歩

大型連休中とはいえ年老いた義父の体力が衰えて来たので、遠出は侭ならない(大渋滞の中、車で遠出する気は無いけど)。どこか行きたいところは無いかと聞いたら飛鳥山を散歩したいというので南北線で一駅「西ヶ原」までワープし、そこから徒歩で出かけてみた。

飛鳥山公園は私たち王子小学校の野球チーム「ブラックジャガーズ」が良く試合をした思い出深い場所なのだが、現在は改修されてグランドはもう無い。そのかわり「飛鳥山3つの博物館」(北区飛鳥山博物館、渋沢資料館、紙の博物館)が建っている。

そのうち「北区飛鳥山博物館」「紙の博物館」を回ってみたのだが、「北区飛鳥山博物館」は素晴らしかった。実は小学生時代の私は「将来雅彦君は何になりたい?」と聞かれると、すかさず「考古学者」と答えていたものだ。「岩宿遺跡」や「登呂遺跡」発掘の本は何度読み返したかわからないし、小学生で「考古学の窓」なんて言う本を読んだりもしていたのだ。

しかし小振りながらここの展示は良くできていると思う。ジオラマも素晴らしかった。男のお子さんをお持ちの方には是非ともお薦めしたい。ワクワクの連続で、近々もう一度ゆっくり行ってみたくなってしまった。

で、同博物館を訪れた際には数百メートル足をのばして北区役所近く、王子本町1-21-4にある無識庵越後屋の蕎麦をお薦めしたい。手打ちで旨味とコシの共存した絶品だった。

2000年5月3日 水曜日

卵を抱きながら

談話室の友人から思わぬいただき物をしてしまった。Linux2000G という Macintosh 用 Linux フルインストールパッケージだ。それと同時に Unix の事がちょっとわかって面白いからと「カッコウはコンピュータに卵を産む(上・下)」クリフォード・ストール著、草思社刊という本を貸していただいた。

この本がとてつもなく面白い、面白いあまり、Linux の方もインストールしたくてたまらなくなってしまった。まさに、カッコウに托卵された格好になってしまった。ところがこのインストールが大変で、コマンドラインをいじっているうちに、間違ってインストール先とは別の外付け 8.3GB ディスクを破壊してしまう始末。そんなこんなでまだ卵は孵化していない。仕事用のマシンを壊しそうなので、間もなく届く PowerBook2000/500MHz にインストールしてみたいと思っている。

上述の本で気に入ったフレーズのメモ:

「理学部のフレッシュマンよろしく、私は週末のハッカー追跡の経緯を日誌につづった。日誌を書くことにさしたる関心はなかったが、マッキントッシュのワードプロセッサを習得するにはいい機会である。それに、自分が目にしたことを書きとめるのは天文学者たる者の鉄則だ。文章のないところに現象はない。

2000年5月2日 火曜日

闇に響く声

公の施設には、不気味なところがある。それは突然、「お役所的」などと言われる、平板で、画一的で、生気の感じられないゾンビみたいな気味の悪さで私たちの前に立ち現れる。

都の庭園「六義園」では閉園時間 30分前ぐらいになると音楽テープが流される事になっている。中学や高校で放課後、音楽に乗った抑揚の無い声で「下校時刻になりました。クラブ活動などでまだ校庭や教室に残っている人はすぐに帰るようにしてください…」という、あれだ。

昨夜は何故か暗くなってから「閉園テープ」が流れ出し、日が長くなったので閉園時間が遅くなったのだろうかと瞬間思った。だが、時計を見るともう午後七時近いわけで、如何せん遅いんじゃないかなぁと思っていたら、抑揚の無い声が、

「五時半になりました…。」

どうやら放送機器が誤動作し、止める人間も既にいなかったらしい。それでなくても不気味な声なんだからやめて欲しいよなぁ…。


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