電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2000年7月29日 土曜日

げんこつ

昔懐かしい「げんこつ」という飴を見つけたので買ってみた。原材料は黄粉と砂糖と水飴である。

義父母に「げんこつ」を知っているかと尋ねたら知らないという。それでは「はったいこ」を知っているかと尋ねると、義母は函館で過ごした少女時代に良く食べたという。

それでは「おちらし」はどうかと尋ねてみた。「あら懐かしい、おちらしってゆうとった」と義母。「ゆうとったちゃ」と義父。福井出身の U さんの言う通り、北陸では「はったいこ」のことを「おちらし」と言うらしい。

2000年7月28日 金曜日

自転車ころりん

何年ぶりかで自転車を引っ張り出した。電機メーカーでサラリーマンをしていた頃、同僚だった友人が自転車も作っている某タイヤメーカーのデザインセクションに転職した時、社内販売で格安購入して貰ったものだ。

折り畳み式なのでタイヤの直径が30cmくらい。そいつのサドルを思い切り高くして乗るととても気持ちがいい。得意になって富山市内の田舎道を走っていたら、地元の小学生に「サーカスのクマみたい」等と囃し立てられたこともある。

カメラマンのKさんに教えて貰った「ファイト餃子(実は有名なホワイト餃子の分店)」を義父母に食べさせたくて買いに行ったのだ。巣鴨地蔵通り商店街を庚申塚方向に走り、都電荒川線の踏切を渡った右側にある店だ。

で、帰り道、車道から歩道に乗り上げようとしたら、歩道の端がすべすべの大理石・円柱型になっておりつるっとすべって転んでしまった。思うに自転車通学の高校時代以来の転倒である。自転車での転倒から長らく遠ざかっていたので、転び方が下手だ。ズボンは油まみれになるし、手の平は内出血するし。

だけど誰も見ている人がいなかったら路上で仰向けになるのは意外と気持ちの良いものだ。もう一度田舎道で転んでみたい。

2000年7月27日 木曜日

潤目鰯

潤んだような目をしているから 潤目鰯というのだろうか。実際に目が潤んでいるわけではないだろうから 潤目鰯の目は「潤んでいる」と思わせる何か視覚的特徴があるのだろう。

確か太宰治の作品に“嘘をついている人の目はいつも潤んでいる”という一節があったと思う。言いえてるよなぁ、などと思ってしまう。目の疾患で潤目がちな人もいて、義母もそうだったりするのだが、潤目だから嘘つきというわけではなくて、嘘つきに何故か潤目鰯が多いような気がするのだ。

ひとりぼっちの潤目鰯には何故か憐情を誘うものがあって、太宰自身もそうだったのかもしれないと思ったりする。両目を涙で潤ませながら、西日に向かって立ち、だらんと下げた両手の拳を握り締めている男の姿はちょっと魅惑的だったりする。ひとりで背負って立つなら、憎みきれない嘘つきとして許せることもあるのだ。

だけど、いい年こいた潤目鰯が額を寄せ合って金儲けの謀議をしていたりすると背筋がぞっとする。徒党を組んだ潤目鰯は気味が悪いものだ。

2000年7月26日 水曜日

仙臺まころん

生活の片隅に年寄りがいるというのは良いものだ。年寄りは、不思議なことを知っていてびっくりさせられたりするし、奇妙な物を何処からか買い込んできて御裾分けしてくれたりするのだ。おばあちゃんっ子だった私はそういうかまわれ方が嫌いではない。

同じマンションで暮らす義父母が「仙臺まころん」という駄菓子をくれた。「なんだかなぁ」などとぶつぶつ呟きながら食べてみたらこれが結構病みつきになる味なのだ。

で、食べているうちに「はったいこ」の事を思い出した。友人のはまボーズ氏が言うように「はったいこ」が穀物を磨り潰した粉を総じて言うものなら、これはまさしく「はったいこ系」の味なのだ。昔大好きだった「げんこつ飴」は黄粉で作った飴だったが、同じ系列に属する味だった。

マコロンというのは仏語で macaron 泡立てた卵白にアーモンド・砂糖・小麦粉を加えて小球形に焼いた菓子と、辞書にある。で、この「仙臺まころん」というのはアーモンドの代わりに落花生を使ったものなのだ。

面白いのは仏語で macaron は伊語で maccaroni (マカロニ)なのだそうだ。粉食のルーツをたどる旅というのはどうしてこんなにおもしろいのだろう。

「仙臺まころん」の製造元
仙台マコロン本舗 
仙台市青葉区小田原4−1−34 TEL.022−223−2270

2000年7月25日 火曜日

哀愁

パソコンは「かな入力」だ。だから文書作成には左右の人差し指しか用いない。それでも自分では快適に文章を書いているつもりなのだ。こうなったのは、初めてコンピュータがやってきた時、「ブラインドタッチでローマ字入力」などを習得する前に、やりたいことが他に山ほどあったからだ。良く編集者に「ブラインドタッチでローマ字入力」の方が早いですよ、などと言われるのだが早く入力する必要を全く感じないので「かな入力」で十分なのだ。自分の思考スピードにも合っているし、大量の入力はお金を払って他人の仕事づくりにに貢献することにしている。個々人の職種に応じて選択の自由の範疇だと思うのだ。

だが「ブラインドタッチでローマ字入力」の編集者諸氏には、人差し指で「かな入力」をしている姿がとてつもなく滑稽に見えるようだ。「哀愁の一本指打法」などと揶揄されたこともある。

知り合いの編集者が初めてノートパソコン(Macintosh)を買うことになり、最初に嬉々として買ったソフトがなんと「Microsoft Word」と「ゲーム式タイピング速習ソフト」だったときは、こちらの方が哀愁を感じてしまった。清水義範さんの快著『ワープロ爺さん』風に言えば「そりゃ、自分から進んでロボットになろうとしとるんだわ」。まあそれが仕事だという人もいるのだからどうでもいい。

余計なお世話かもしれないが、最近面白いことに気がついた。「ブラインドタッチでローマ字入力」の人って英語力が減退するんじゃないだろうか。「第1章から第12章までの原稿は、ファイル名を半角欧文にして“テキスト01”〜“テキスト12”の様に連番を打って、テキストファイルで送ってください」などと頼むと、“tekisuto01.txt”などというファイルを送って来たりするのだ。“テキスト”とカナを入力する場合“tekisuto”などと打っているからじゃないのかなぁ。他人のホームページの画像ファイル名を見ているとそういうのが多くて、「あっ、こいつローマ字入力だな」と想像したりする。たとえば「アイス」と「チョコ」と「オレンジ」の写真があったりすると、“aisu.jpg”“tyoko.jpg”“orenzi.jpg”なんていうファイル名になっていたりするのだ。こちらの方がよっぽど哀愁があると思うけどなぁ。本当にどうでもいいけど。

2000年7月24日 月曜日

せみ

海の記念日から三日間清水に帰省したのだけれど、暑いのなんのって。じりじり照りつける日差しの中、響き渡る 蝉の声を聞きながら友人たちと歩いた。

で、東京に戻ってみると蝉の声が聞こえない。今年の六義園はとても静かだ。七月始めの数日、ヒグラシの声を聞いただけだ。ヒグラシは 初秋の早朝と夕方に鳴くものとされているけれど、初夏にも鳴くのをこの地に来て初めて知った。そして、蝉の数も夏ごとに違いがあり、時に「大発生」と言っても良いような爆発的「蝉年」があったり、滅亡しちゃったのかと思うほど少ない年もあるのだ。今年の六義園は静かな夏になるかもしれない。

昔、誰からか聞いた記憶があるのだが、戦前ドイツの使節が来日した際、象をお土産にくれたらしい。で、日本側からお返しに何を差し上げましょうかと聞いたところ、木立ちを指差して「あの鳴く木が欲しい」と言ったとか。ヨーロッパの蝉は鳴かないのだそうだ。本当だろうか?

そんなわけで蝉が鳴くのは日本だけかと思っていた高校生時代、ボブ・ディランの歌を聞いていたら蝉の声をモチーフにした歌詞が出てきて驚いた。「へぇ、アメリカの蝉は鳴くんだ」と知った。そしたら、また誰かが耳元でささやいた。虫が立てる音を歌として聞きなす感性は日本人だけのもので、欧米人には騒音としか聞こえないと。本当だろうか?

辞書をひいてみると蝉は cicada もしくは locust で「蝉が鳴く」は
A cicada shrills. なのだそうだ。たけどボブ・ディランは歌詞に
“locusts sang(蝉が歌った)”と書いている。ほら、アメリカ人にも蝉の声を歌として聞きなす人だっているじゃん、と思ったりしたものだ。

蝉の歌わない夏は寂しい。

2000年7月23日 日曜日

電脳六義園通信所開設一周年目のリニューアル

三好春樹さん主催「生活とリハビリ研究所」サイトの開設記念日が7月20日「海の記念日」、数日遅れで開設した当サイトですから、おかげさまで無事一周年を迎えたことになります。思えばあっという間に過ぎた一年……と、言うのが月並みな表現なのですが、正直なところ本当に長く感じられる一年でした。

一年間こつこつと「世界に向けて自己満足」的発信を続けてみて、最大の収穫はホームページ開設以前では想像もつかないような、たくさんの方との出会いを得ることができたことだと思います。普段仕事でお会いしている方とは談話室やメールのやりとりを通じて思いがけない心のひだに触れることができましたし、浅学や思い違いを正していただき、ちょっぴり賢くなった気もします。そして、何よりも母親が一人暮らししている生まれ故郷「清水」の町を訪ねると、町のあちらこちらで気軽に声をかけていただける友人がたくさんできたことは、今後の人生を豊かにする得難い宝物をいただいた気がしています。

大した宣伝もせず、さして面白い情報も無い個人サイトの年間5857のアクセスは私の大切な宝物です。皆様本当に有り難うございました。

分不相応なページなどを潔く整理し、少し身軽になって新しいサイトを構築してみました。ついてはホームページ作成の定番の地位を獲得しつつ有る Dreamweaver 3J に完全に移行してみました。いままで一ヶ所修正する度に300近いページを一つ一つ修正していたのが、あっという間に自動処理されてしまうのは本当に有り難いものです。自動化により空いた時間は、友達探し、自分探しの旅により多く振り分けることができそうです。

大好きな高杉晋作の辞世の句をリニューアル初日の日記の最後に記しておきます。

おもしろきこともなき世をおもしろく 住みなすものはこころなりけり

2000年7月10日 月曜日

渚にて

「渚にて」という映画があった。

確か最終戦争を描いたものだったと思う。世界が核の放射能で死滅しつつ有る時、唯一南半球にあったがために生き残ったオーストラリア海軍の潜水艦がアメリカ合衆国の様子を調べに行くと、生存者がいないはずの街から無線信号をキャッチする。上陸した兵士が調べに行くと、それは窓のブラインドに紐で縛りつけられたコーラの瓶が、風で揺れる度に無線機で打電していたのだった。

人は遅かれ早かれ必ず死ぬ。インターネットブームで、たくさんの個人が私のようなホームページをコツコツ作っているのだが、やがて発信者が死んだらそのホームページはどうなるのだろうと思うことがある。

風に揺られて打電するコーラの瓶のような仕掛けを作っておいたら、ちょっとミステリアスだろうなぁ。主人を失っても打電しつづける個人サイトの無数のゆらめき。

35歳で亡くなられた編集者の頁を見に行った。彼を直接知っているわけではないが、彼の仕事は知っている。筑波大学卒と言うことで腹違いの後輩なのだ。早過ぎる死に黙祷。いまならコーラの瓶が風に揺れている。

山下憲治さんのウエブサイト

http://home.impress.co.jp/staff/ken/

2000年7月10日 月曜日

男と女が…

本郷通り沿いは小学生の通学路になっていて、登下校する子雀どもを見るとはなしに見ているのだが、男女がふざけ合いながらとっつきひっつき(方言かな?)しながら下校する姿をよく見かける。

これは、昭和30年代に小学生生活を送ったものには考えられないことだ。女子と一緒に下校したりすると、仲間に囃し立てられて仲間はずれにされてしまうのだ。その時の囃子言葉がこうだ。

「男と女がまんめんじ」もしくは「男と女がまんねんじ」

この「まんめんじ」もしくは「まんねんじ」というのは、一体なんだったのか今もって謎のままである。

2000年7月5日 水曜日

一六銀行

「ふんどしを質に入れても、たれを食べろ」

清水市の浜の古老は美味しい「いるかのたれ」を食べたいなら金に糸目を付けるなという意味で、こんなことを言うのだと、地元老舗魚屋の若主人に教えていただいた。

しかし、「ふんどし」を質草に預かってくれる質屋というのも豪気なものだなぁ。その場ではずして「これで、いくら貸してくれるかえ?」なんてやってたのかなぁ。さすが次郎長さんのお膝元と、感心したりもしていたのだ。先日、帰省中に母親の本棚をひっくり返して眺めていたら、出て来た本に同じようなことが書いてあった。

「女房の腰巻を質に入れても、たれを食べろ」

女性の腰巻ならウヒヒヒ…と喜んで質草にとってくれる質屋もあるかもしれないなぁと妻に話したら、それはセクハラだと言う。第一、それを言うなら、

「女房を質に入れても、たれを食べろ」

ではないか、

「ふんどしやら腰巻やらは、男の考えることにしてははセコい!」

と、言う。亭主に美味しい「たれ」を食べさせるために質に入ってくれる女房も、女房を質草にとってくれる質屋も、どちらも豪気なものだが、女房を質に入れたらいったい「たれ」が何枚買えるのだろうか。

2000年7月3日 月曜日

泡まみれ

子どもの頃、テレビで見ている商品がその場で購入できたらどんなにいいだろうと思っていたが、この歳になって実現した社会を見ると思うと悪夢のようだ。

SONY、松下等の宿敵が相乗りしてデジタル放送受信チューナーの規格統一が発表されたらしい。テレビとインターネットが合体して、茶の間でテレビを見ながら買い物ができるのだそうな。

出る泡の粒は絶えずして……かつ消えかつ結びて……

2000年7月2日 日曜日

熱海

清水出張の帰り、鈍行列車で熱海まで出てみた。東京で出版社勤務、週末には伊東暮らしをしている友人に、「不景気で熱海も大変らしい」と聞いていたので、ふと途中下車してみたくなったのだ。

駅前から続く土産物屋のアーケードを歩いているとオバチャンたちが「お兄さん、お水飲んでいって、美味しい水だよ」と声をかけてくる。どの店も同じ事をしているので、商店街で申し合わせたのかもしれない。お金のかからない素朴極まりない精一杯のもてなしだけど、なんだかほっとする。ガラスコップ一杯の水を受け取って、縁台に腰かけタバコを一服。なんか、しみじみとした気分になってしまった。

見ていると、二十歳そこそこのギャル・グループや十代じゃないかと思われる茶髪カップルの観光客が立ち止まって水を受け取り、オバチャンと談笑しているのが微笑ましい。こんな時代でも、みんな人のぬくもりが恋しいのだ。

しかし何十軒もの店がどうして“同じ”『温泉饅頭』を蒸しているのだろう。立ち上る湯気が、ちっとも買い手のつかないオバチャンたちの溜め息みたいだ。「どうして? ねぇ、どうして?」

一方やり手の店もある。数年前カメラマンのKさんが、亡くなられたご母堂に「鯵の干物」を送られた大型干物店は押すな押すなの大繁盛である。小奇麗な冷蔵ショーケースとお洒落な店内、手際よく都会的に客を捌く様は、さながら「干物のブティック」、もしくはゲームセンターみたいでもある。

私の好みではないので、素通りしてぶらぶら歩いていたら、父と娘で営んでいる様に見える、こざっぱりした小さな海産物店を見つけた。ガラスケースの中にあるのは笊に几帳面に並べられた体長10センチにも満たない小鯵の干物。「地物」と但し書きがあったが、いかに輸入鯵+温風乾燥の粗製濫造干物が出まわっていても、こんなに小さくて手間のかかった粗製濫造干物は無いと思う。10枚で800円だったので20枚土産に購入したが、義父母には「軽く焙ったら骨ごと食べられた」と好評だった。10枚ずつ包装して貰うと絵葉書ぐらいの大きさになって愛らしい。中身は干物だと言ったらびっくりしていた。

素朴な美味を忘れないための備忘録。
店名「あきやま丸」
静岡県熱海市田原本町5-7
電話0557-83-0865 代表者:秋山政男さん

2000年7月1日 土曜日

どこか懐かしい町並み

黄昏時、清水市の「次郎長通り商店街」を歩いた。

歩道の上に突き出した庇の下で小鳥の鳴き声が聞こえるので見上げると燕の巣から雛のでっかい口がいくつも並んでいた。先日、燕の巣立ちを見たばかりなのだが、はて、燕ってひと夏に二回産卵・子育てをするんだったかなぁ。

しばらく歩くと今度は扉を閉ざした商店の中から小鳥たちの大合唱が聞こえる。なんだ、なんだと、数歩下がって確認するとペットショップだった。

「静岡おでんの店」で打ち合わせを終え、ほろ酔い加減で外に出たらもう深夜。もと来た道を引き返すと町はひっそりと静まり返っている。ペットショップの小鳥たちも、泥の皿の中の雛たちも皆眠りについたのだ。犬も、猫も、小鳥も古女房も「闇にくるまって眠る」というありふれたことが、何とも愛おしく思えたりすることがある。

そんな気分にさせてくれる町は、多分「良い暮らしのある町」なのだ。


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