電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2000年10月9日 月曜日

10/6・7・8とオーバーSeventyの親三人を伴って毎年好例、富山の墓参りに。私は墓参りが好きで、思うに墓場という場所が嫌いではない。東京・谷中の墓地での花見なども大好きだ。

年々歳々一家5人の顔ぶれが変わらないのは有り難いが、額のシワは確実に増えて行く。それにひきかえ墓石の面構えの変わらないことといったら小憎らしいほどだ。

参りました、降参です。いずれお世話になります。

草むしりをし、水をかけ、花を具え、線香をあげ、両手をあわせて合掌するのは妙に清々しい。立山連峰もまた去年と変わらず小憎らしいほどの変わらぬ勇姿を見せてくれた。来年も一家5人の顔ぶれが変わらずにこの場所に有りますように。

2000年10月5日 木曜日

苗字

新しい仕事で打ち合わせに行き、珍しい苗字の方にお会いするとちょっと嬉しい。

今日の収穫は「温品」(ぬくしな)さん。女性なので根掘り葉掘り伺うのはやめにしたが、男性だと

「珍しいお名前ですがどちらのご出身ですか」

「その地域では多い苗字なのですか」

などとついつい聞いてしまう。

何年か前に変わった苗字のイラストレーターと仕事をご一緒し、その打ち上げの席で、

「以前同じ苗字の方にもうひとりお会いしたことがあります」

と言うと、

「それは誰ですか」

と聞かれるので斯く斯く然然と伝えると、

「えっ、それは私の兄です!」

そういう出会いが有ったりするのだ。 思えば、世間は広いようで狭く、普段会っているあの人が昔仲良しだったあの人の親類縁者だったりするのだろう。ただ苗字がありきたりな者には私も含めてなかなか出会いのチャンスが無い。

「以前、佐藤さんという苗字の方にもうひとりお会いしたことがあります」

と言っても

「えっ、それは誰ですか」

なんて話になったりはしないのだ。珍しい苗字の方は、苦労も多いが、ちょっと得することもあるのだろう。

2000年10月2日 月曜日

オリンピック閉会に思う

シドニーオリンピックが終わって、10月になったと改めて実感。やかましいアオマツムシの声が、か細い鈴虫の声に変わって日本の秋だなぁという気分になってきた。

コテコテのオリンピック閉会式を見ていたら1964年東京オリンピックの閉会式を思い出した。電光掲示板に「1970年メキシコで会いましょう」という文字が浮かび上がっただけで胸がジ〜ンとしたものだ。私たちも、時代も、うぶだったのだろう。

その前のローマオリンピックは全く記憶にない。テレビが無かったか、あっても力道山に夢中になっていたのかもしれない。そうか、衛星中継なんて物も無かったもんな。初の衛星中継で飛び込んできたのがケネディ大統領暗殺のニュースだった。四年というのは長いようで短い。短いようでいてその間に世の中はどんどん変わる。

次回のアテネ・オリンピックではシンプルで質素なオリンピックをめざすそうだ。思えばコテコテの始まりは東京オリンピックだったのかもしれない。願わくば四年後、心機一転したオリンピックが家族全員で見られて、気のあう仲間の顔が身近に揃っているように願わずにはいられない。


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