電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2001年1月27日 土曜日

傘がない

子どもの頃、黒い蝙蝠傘というのは小さな家の様なものだった。

天井を見上げて星空が見えれば稼ぎをろくに家に入れない父親が恨めしかったし、雨漏りを繕った後があれば母親の夜なべ仕事が有り難かった。小学校の傘置き場、傘を畳んで纏め上げる紐には白い糸で名前が刺繍してあり、誰の持ち物か確認できるようになっていた。使い込まれた傘の柄は持ち主の数だけ千差万別の表情を持っていた。

社員の置き傘が問題になっている会社があるようだ。突然の雨に見舞われるたびにコンビニで真新しい傘を買い会社の傘立てに置きっ放し。当然新品なので誰の傘という区別もつかず、いわばズボラな社員の共有財産化しているという。来客は傘を置く場所も無くて困るらしい。

使い捨て文化の陰で咲いたあだ花のような助け合い置き傘組合運動の様にも思えるのだが、このような習慣が身につくと他人と自分の所有物の区別が希薄になるらしい。

私たちのような「ありがたみ世代」にとっては受難の時代である。私は雨の日の外食が嫌いだ。愛着のある傘を何本も持ち去られているし、私の傘がないと言うと「適当な傘をお持ちになってください」などという店員すらいる時代になっているようなのである。

2001年1月19日 土曜日

お金は笑う…2

ほかほか弁当の店で「のりべん」を買っていたニッカ・ポッカースのおじさんが店員を突然怒鳴りつけた。本当に激怒したわけではないらしく顔が笑っている。

「だーめだよぉ、使えない金をおつりによこしたりしちゃあ。これじゃあ煙草も買えないんだから」

500円硬貨には困ったものである。偽造コインによるつり銭詐欺が横行したおかげで、旧500円硬貨が使用できない自動販売機が増えたし、新500円硬貨への対応はコストの問題で進まない。何故か旧500円硬貨が使用できる販売機もあれば、新500円硬貨しか使えない販売機もあって困惑させられる。

小市民は不便を感じても不平も言わず堪えているのだが、

「だーめだよぉ、使えない金を流通させといちゃあ」

と、笑顔で怒鳴りつけられるセンスと風通しの良さがあればなぁ。

2001年1月18日 金曜日

お金は笑う…1

金が金を生んで笑いが止まらないなどという浮かれた時代が終わり、町角にはお金にまつわる素朴な笑いが風に吹かれている。

地下鉄の券売機、その先頭で紙幣挿入機に千円札を押し込もうとしている中年の紳士が居るのだが、何度やっても紙幣が吐き出されてしまう。

「おかしいなぁ」

などと一人ごちながらトライしているのだが同じことの繰り返し。列の後ろの人々もいらいらして前の人の肩越に眉をひそめて覗き込んでいる。

どうやらあきらめて列を離れ両替にでも行こうとしたのだろうが、周囲の冷たい視線が気になったと見えて洒落た台詞をつぶやいた。

「やっぱり偽札はだめだなぁ」

くすくす笑いがもれて爽やかだった。いいセンス。

2001年1月11日 金曜日

某の詫び状

新春の仕事始めだそうで、編集の某氏から詫び状が届いた。

詫び状といっても原子レベルの実体が無い物なので、読む方も気楽だが、書く方も気楽と見えて実に珍妙な詫び状になっている。内容は敢えて日記などで人様に披露するようなものではなく、ごく瑣末な個人的珍事にすぎないのだが、その文章がひどく可笑しいだ。

俳優の竹中直人は「笑いながら激怒」した人間を演ずるという珍芸を持っていて、見た人によると傑作らしい。で、この詫び状というのが、ひたすら詫びている姿勢は一貫しているように見えるのだが、その裏側で、おのれの失敗を面白がり、珍体験に興奮して、はては「生」が活性化している自分を自慢しているように思わせる二重螺旋構造になっているのだ。

これを竹中直人に演じさせるのは難しい。「笑いながら詫びる」では、政治家やスチャラカ営業マンと同じだしなぁ。こんな難しい芸の演出は、演出家だったら引き受けたくないものだ。

某氏の文才には一目置いていたのだが、こういうのを書かせたら天才的だと思う。おそらく性格自体が二重螺旋化しているのだろう。

2001年1月6日 土曜日

ハングリー?

数々の苦難を乗り越えてスポーツで頑張っている方のドキュメンタリーを見た。

ハングリーな精神の欠如した日本人の闘争心を鼓舞しようという思惑があまりにミエミエな部分にはちょっと首をかしげてしまう。もちろんハングリーな部分が動機づけになって頑張るというのはあるのだけれど、ハングリーさに動機づけられた部分というのがその人の強みであるとともに弱みであることもあるように思えてならない。

「ハングリーさに動機づけられた部分」を殴られるというのは一番痛いのだ。人体中最大の腱が最大の弱点であるように、心の「アキレス腱」は最も切れやすいように思う。「アキレス腱」を攻撃せよと敵に向かって行く者がいないように、「ハングリーさに動機づけられた部分」をいたわる精神こそ欠如しているように思えてならないのだけれどどうだろうか。一流になるためのもう一皮が剥けないのが惜しくてならない。喉元まで出掛けているあの人の名は書けないけど応援してるんだよなぁ。

2001年1月5日 金曜日

食の来た道

友人の女性編集者が「サンゲタン」という韓国のスープをくださるので寒い冬の夜ありがたくいただいているのだが、私の持っている韓国料理の本には「サンゲタン」というものが無くて、レシピから類推すると「高麗人参と鶏のスープ(インサムタン)」ということになっている。ひな鶏、高麗人参、なつめ、にんにく、もち米、塩、胡椒で作るスープのことだ。(趙重玉著『私の韓国料理』柴田書店)

で、韓国料理をいただく度に思うのだが、日本の料理ってなんと韓国料理に似ているのだろう。インサムタンにしたって、スープに溶け出したもち米のとろみは、博多名物鶏の水炊き(こちらは米を布袋に入れて鶏と炊くので白濁したスープ)を髣髴とさせる。
「日本の料理って韓国から渡って来て、日本風に変貌した形跡のある食べ物が多いですねえ」
などと言ってみるのだが、
「いや、日本と韓国は気候風土や食材が似ているのでにたような料理が自然発生したのだ」
と答える友人が多くて意外な気がする。

あなたはどうだろう? 私は頑なので、各地を旅して不思議な郷土料理に出会う度に韓国家庭料理の本を調べ、酷似したものを発見すると「食の来た道」を勝手に想像して楽しんでいるのだが。

2001年1月4日 木曜日

それは錯覚です

「あなた、それは錯覚ですよ」
なんて言われると、
「そんなことはないでしょう?」
などと強弁したくなることってないだろうか。頑な態度とか、意固地になってる、なんて言われてしまうのだけど。

「私の郷里、静岡県清水市から見える富士山は日によって見える大きさに差異がある」という仮説を立てて主催するメーリングリスト『オダマメ通信』でアンケートをとってみたのだが、極めて分が悪い。分が悪いと意固地になるのが悪い癖なのだが、その分モチベーションが向上するというのが私の長所でもあり短所でもある。

仕事場のベランダから六義園越しに見える富士山の定点観測を始めてみたが、これは最初から負け戦臭い。あまりに距離があるので大気の状態が平均化されさほど視差が無いような気がするのだ。思うに、清水市と富士山頂の距離、間に駿河湾が割って入るという地域条件がなせるマジックかもしれない。駿河湾というのは、妻の故郷富山の富山湾に実にさまざまな点で似ているなあと富山湾に蜃気楼出現のニュースをを見るたびに思う。

いつの日か清水市駒越あたりに鷹の眼のように冷徹で正確無比なカメラを据えて定点観測してみたいものだ。

ということで新春に相応しくお目出度い“一富士二鷹三茄子”の三題話にしてみた。えっ、なすびは何処へ行ったって? かつて駿府に隠居する徳川家康が、“富士山は見えるし鷹狩りはできるし茄子は美味いし”と駿河の地をたたえたという。清水市駒越は江戸時代茄子の産地として名高かったのだ。

 


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