電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2001年 8月 31日 金曜日
【1492】

株式会社アスキー発行の雑誌MacPeopleを読んでいて偶然見つけたのだが、NTTフレッツISDNのダイアルアップが従来の市外局番+加入者番号+マイラインでNTT以外を選択したヒトはその番号を入れるという厄介なものから、単に「1492」と入れるだけという簡便なものに7月1日から変更になったのだそうだ。
従来通りの設定でも繋がるけど、ゆくゆくは「1492」に統一される可能性もあるそうで 、早速変更してみたけどちゃんと繋がった。

関連記事:株式会社アスキー発行・雑誌MacPeople/2001.9.15号P.101

NTT東日本の解説ページ
http://www.ntt-east.co.jp/flets/no1492.html

2001年 8月 30日 木曜日
【犬とデジカメ】

株式会社アスキー発行の雑誌MacPeopleを愛読している。電車内の暇つぶしにページをパラパラとめくっていたら面白い見出しを見つけた。
ドッグにポンで充電から
プリント発注までOK!?

写真をひと目見てデジカメの新製品紹介とわかったのだが、「犬にポン」でどうしてプリント発注ができてしまうのだろうか。ははぁ、ドック:dock(船の建造や修理などのために築造された設備、和製用法で健康診断のための入院設備)とドッグ:dogを間違えて入力したのかなと思ったのだが、本文に「USB接続の専用ドッグが標準で付く」と繰り返し書かれているのでハタと思いあたった。
そうか、このデジカメを専用ドッグにセットし、オンラインプリントサービスにプリント依頼するための専用ソフトは、きっとポストペットのように「犬」のバーチャルペットが付いていて、ご主人から預かった画像を
口に加えて運んで行くに違いない。
MacのFTPソフトFetchやNetFinderのアイコンもリトリーブする犬の性質にひっかけて犬のアイコンになっているではないか。
メーカーに画像を届け終わると愛犬が帰ってきて「すっごくやさしくしてもらったよ」とか「受け付けのねーちゃんになでなでしてもろたで」などと報告し、宝物(サービスクーポン)を持ち帰ることもあるのだ。さらにこのドッグで友人宛てに画像を送り、友人がプリントサービスを申し込むとドッグがお使いして、ご褒美に
バーチャルフード(おやつ)や玩具を貰ったり、おねえさんから入浴サービスを受けたりしてご機嫌で戻ってくるのかもしれないぞ。面白がるユーザーの間をペット・ドッグが走り回れば回るほどメーカーの売り上げも増加するという寸法だ。う〜ん、すごいなぁ、外国企業の発想は独創的で。ヒット間違い無しかも。

そんな感動も束の間、
「他社製のドッグ対応のデジカメに比べると…」。
なーんだ独創じゃないのかぁ、やっぱ単なるドックとドッグのとり違えかもしれないなぁ。

株式会社アスキー発行・雑誌MacPeople/2001.9.15号P.29を読んで。
雑誌MacPeopleは毎月13/29日発売の楽しい雑誌です。一応宣伝もしておこう。

【 BIRD ON A WIRE 電線の鳥……3】
「万定フルーツパーラー」

2001年 7月 30日 月曜日の日記で本郷の「万定」でカレーを食べる話しを書いたら、すかさず「万定に行くならなんたって、ハヤシライスだろうよ…中略…カレーはあの店ではもぐりが食うもんじゃよ」などという、うるさがたのメールが届くほど根強い人気の店。『男はつらいよ』フーテンの寅なら「オレの口から芋を食って、てめぇのケツから屁が出るか」と切り返す程度の余計なお世話だが、食事は個々人の好きずきでカレーライスとハヤシライスの二者択一(実はスパゲティ版も選べるので四者択一)ということになるる
創業大正四年、昭和三年改装の店の佇まいが好もしい。上述のメールもさることながら、昭和十六年に東大を卒業するまで常連だった中国の方が帰国後大学教授となって43年後に万定に贈った額などが飾られていることからも、この店を好む人びとの並々ならぬ深い愛着のほどがうかがえる。
同日の日記で万定名物金銭登録機について「この金銭登録機、昭和九年製で、商品名はNational Cash Registerとある。面白いのは「Cash」の部分のカタカナ表記が「キヤシ」となっている」と書いたのは私の勘違い。ちゃんと日本語表記は「ナショナル・キャシ・レジスター」と促音表記になっていた。その下に「北米合衆国オハヨー州デートン市」とあるのが面白い。「オハヨー州」は「オハイオ州」のことだろう。
食べ物の味を星印の数で比較するような向きには不似合いな店。一人でぶらりと現れて黙々と食事する、いかにも内省的な風貌の中高年客が多いのは銀座の名店「ニューキャッスル」に似ている。定休日は日曜日と祝日。東京都文京区本郷6-17-1。

写真はメールの主に敬意を表して「通の選択?」のハヤシライスにしておいた。

2001年 8月 28日 火曜日
【鮨】

手前のマッチ箱と比べれば一目瞭然なのだけれど、このような「極小鮨」を出す店がある。これで一丁前の値段をとるのだから男としてはやる瀬ない。
やる瀬ない男を横目に女は老いも若きも「わぁ〜かわい〜い〜っ!」とはしゃいでいても似合うようにできているのだから恨めしい。
男が「極小ロースカツ定食」とか、「極小鰻丼」とかを見て「わぁ〜かわい〜い〜っ!」とはしゃいでも様にはならない。それどころか、鮨だってでっかくて量がある方が「かわいい」し、ロースカツだって、鰻だって、家だって、通帳の残高だって、男にとっては大きい方が「かわいい」に決まっているのだ。
女性というものは小さいものに出会うと見境無く愛情が迸るようで、ヒトの子どもから犬猫などのペットはもちろんのこと、食物にまで手当たり次第に愛が迸ってしまうらしい。これを見て、「なーに言ってんだよー、いい年こいてままごとでもあるまいにぃ」などと心の奥で舌打ちしながらも、「うん、かわいいねぇ」などと相槌を打つ馬鹿な男、それが私です。

2001年 8月 28日 火曜日
【電脳六義園通信所・更新情報】「ヒトイヌニアウ」のコーナーを更新。
静岡県清水市の「キャパ」

2001年 8月 27日 月曜日
川上哲也『じっとり酔眼』第15話「酒だけの店」を公開しました。
この話の舞台となった店に行ってきました。川上哲也が後日談を書くとすれば、あっと驚くオチが用意されていることになるのですが、それをいんたーねっとなんぞで公開するのは野暮というもので、自由に想像して楽しむか、関係者に裏メールで問い合わせるなりしてください。本当にびっくりしました。歩け、歩け、歩けば世界は広くなる。歩けば歩数分だけ人生は楽しい。

2001年 8月 27日 月曜日
【ソンナニ ネコガ オキライデスカ?】

空になったペットボトルに水を入れて置いておくと猫が近寄らないというのは嘘のような気がする。一時的に異物に気づいて警戒はするものの、猫だってはつかねずみの脳にだって経験と学習の仕組みは備わっているわけで、あっという間に慣れてしまうらしい。その結果、路上のペットボトルは「私は猫嫌いでございます」と宣言するための放置ゴミになっているに過ぎない。
だが、板橋区内を歩いていて見事な猫撃退ペットボトル活用法を発見。確かにこれなら猫も犬も人間も立ち入ることができない。足の踏み場が無いからだ。
ナルホド ダケド オカシイ ワラエル ソシテ ミョウニ カナシイ。

2001年 8月 26日 日曜日
【もの忘れ】

人間加齢とともにもの忘れの頻度も増すようで、年をとるに従ってものを忘れなくなる方がかえって辛いような気がするから、それはそれでありがたいことなのだろう。だが仕事の約束を忘れるのは心臓に悪い。
「もしもし、今日いただくことになっている新刊の装丁をお待ちしているのですが…」
「あっ!」

これは最近よくあるもの忘れ。
だけどもっとジワッとボデーブローのように効いてくる気味の悪いもの忘れもある。

最近ホームページをリフォームし、ついでに過去の日記も閲覧できるようにしてみた。へたくそな文章だなぁ、全く論旨の一貫していない駄文だなぁと恥じながらも、まぁ単なる凡人の日記なんだからと次々に登録していたら、思わず息を呑むような一文を見つけてしまった。某月某日の昼休み、ちょっと思うところがあって、これは日記に書いておこうと思い立ち、書き始めたらスラスラと書ける書ける、最近はちょっと文章力もついたかなと悦に入っていたのだが、その一年ほど前に全く同じ日記を書いていたのだった。かつて下書きをしていたも同然なので筆が走るわけだ。しかも下書きがあったので前回の物よりちょっとだけ出来がいいが、その分技巧的でクサイ気がしないでもない。あわてて片方を削除したのだが、二度同じ文章を書いたという自覚が全く無いのだ。これは恐ろしいもの忘れだと思う。
短編やエッセイを連発している売れっ子作家先生というのはこのような物忘れをしないのだろうか?
「もしもし、文藝逡巡の沢井ですが、まことに申し上げにくいのですが、先生からいただいた今回の原稿『桃の木は残った』なんですが、昨年オール読捨にお書きになった『桃の木は見ていた』に似ているというか、そ、その、ほとんどその、そのまんまなのですが……い、いえ、ほんとですよぉ、ほんとぉに。こ、これからお持ちいたしますから……」
「う〜〜む」

なんてことは無いのだろうか?

【管理人の百葉箱を公開】

1999年7月から、生活とリハビリ研究所を主催する理学療法士三好春樹さんのサイトの制作・管理者を、縁あってつとめていたことがある。その“孤独な”管理作業の徒然に書き始めたのが『管理人の百葉箱』で、この日日抄のルーツになっているものだ。過去の保存ファイルを整理していたらそっくりサイトごと保存されていたので、1999年10月以前の記録として公開した。
今じっくり読み直してみると随所に登場する「はまボーズ氏」(当サイト『脳味噌煮込み饂飩店』経営)が、ちっとも孤独な管理者では無かったように感じさせてくれるし、管理などそっちのけで言葉遊びに興じていたようにもみえるし、実際振り返れば楽しい想い出になっていることに今は感謝したい。

2001年 8月 25日 土曜日
【遺跡】

本郷台地を歩くと遺跡の発掘現場に遭遇することが多い。現在のJR山手線と京浜東北線が併走する崖線までかつては海が迫っていたわけで漁労生活に適した暮らしやすい場所だったのかもしれない。発掘を目撃した場所を頭の中の地図に赤丸を打って概観してみると駅に至近な場所が多い。古代人も交通の便の良い場所を好んで住んだ…なんてことがあるわけじゃなし、駅周辺の商業地ほど建て替えが頻繁に行われているため遺跡が発見される機会が多いのだろう。
だが、古代人の暮らしぶりと現代人のそれが奇妙に一致しているように感じられて面白いこともある。JR日暮里駅で下車して山手線内側へ歩くと車道は石段となって行き止まり。幅広の石段の下に続くのがNHK朝の連続テレビ小説「ひまわり」(松嶋菜々子が出たやつ)で有名になった谷中銀座で、吉本隆明や池波志乃が買物していたりする“おかず横丁”と呼びたいような気安い商店街だ。そこへ続く石段が通称“夕焼け段々”なのだがその段々脇の建物建て替え時にも遺跡が出てきて発掘現場を目撃した。それが何とも見事な貝塚だったのである。おかず横丁と貝塚、今も昔も庶民の大切な台所に相通じるわけで、その符合が妙に可笑しい。
写真は北区田端5丁目にて(8/24 16:07撮影)

2001年 8月 24日 金曜日
【知らないということの楽しみ方】

電子計算機(パソコン)を駆使してインターネット等というテクノロジーの恩恵を受けてぬくぬくと生活していると、便利な世の中になったなぁと思う半面、身を削がれるようなうそ寒い寂しさを感じる時もある。“知らない”という楽しみを失くしたこと、“知っているようなつもり”という傲慢さがコテコテラーメンのドンブリに飛び散った豚の背脂のように、自分に付着し出していると感じる時だ。ハードディスクに溜め込んだ辞書データや検索サイトの複合検索で得られる情報が“知っている”ということから程遠いのではないかと思えることが多いのだ、私の場合。



台風一過の文京区小日向を歩いていて面白い商店を見つけた。たくさんの道具が見事に整理されていて、“わかる人”にとっては、この店の技術なら仕事を任せても良さそうだ、と思わせるデモンストレーションになっているのかもしれないが、私には何の技術を商う店なのか一向にわからない。左手の壁には様々な紐(コードか?)、右手の壁には様々な薬品のようなものが理科準備室の棚のように整然と並べられている。手前の自家用車の向こうにある軽トラックにこれらの道具を積み込んで仕事場に出掛けていく勇ましい職人の姿が目に浮かぶが、何の職人さんなのかわからない。私はこういうわからなさが好きなのだ。辞書やサイト検索では知りえない生身の暮らしの中の小さな不思議。幼い頃の私なら不思議さに堪え兼ねて、店内に入って行き、
「オジサン オジサン、オジサンハ コノドウグデ ナニヲスル ヒトナノデセウ?」
などと尋ねていたに違いない。実地の情報検索では、四十代のパソコンオヤジより子どもの方が達人の名に相応しいのかもしれない。だが失われた聖性を惜しんでも詮無いので、パソコンオヤジは“知らないというヨロコビ”もあるのだなどと空嘯いて浮遊感を楽しんだりするわけで、確かにそれは散歩の楽しみの一つになっているのだ。

当サイトで言語遊戯を披露されている友人はまボーズ氏の紹介で[さすらい通信]というメールマガジンの読者になってみた。
Fri, 3 Aug 2001 22:27:55 +0900頃、hamabo-z さんwrote:
||最近めっけたメールマガジン,購読申し込みをしたら,
||最初の配信にこんな挨拶付きのメールがきた。礼儀正しいね。
||ほんとになかなかの大人ぶりで(タイジンと読む,念のため。キキキ),
||かなりの年配そうだけど,世の中にはすごい人がいるんだねえ。
||一見「ごった煮」風の話題のなかに,絶妙のバランス感覚があり,
||この雰囲気,はまボーズのとても及ぶところじゃないでんす。
||
||「発行部数連動タイムマシン」なんて企画,独創的かつ秀逸!
||まいったね。こんな発想はどこから出てくるんじゃ?
||実に個性的かつ練達の文章で,この味わいはただ者じゃないで。
||おいら,メルマガで共通する感性を感じたは初めて。
||歳が近いせいかなぁ? 
||共感することきわめて多し。猫好きもあるしねえ(笑)。

氏のおかげ(実はかなりの活躍ぶり)で、同メールマガジンでお薦めサイトとして紹介されるし、読者の方からメールまでいただいて嬉しきことこの上ないのでエール交換。

[さすらい通信]連載記事の目玉の一つに「元手ゼロからプロ相場師への道」というのがある。
||◆ 元手ゼロからプロ相場師への道
||
||本来はここがメインだったのですが、今ではすっかり脇に追いやられて(笑)。
||ゼロどころかマイナスから始めて投機で資産を築こうというのですから、Tシ
||ャツ着てサンダル履いてチョモランマを目指すようなもので、行き倒れは必至
||です。まだベースキャンプを一歩出たところです。

とのことなのだが、私はこの連載がかなり楽しい。お金のことはとんと苦手で、こづかい帳を付けるのは休み中の絵日記を毎日書くより嫌いだったし(絵日記は好きだったので四十代になってもこうしてつけている)、春の申告の季節になると蒸発してしまいたくなるほどなので、株や投機や相場などというのはまったくわからない。わからないから毎回の状況報告に目を通すのが楽しくて仕方ないのだ。何だかわからないが職人さんの横にしゃがみこんで手並みに見とれているような幼年時代の至福感を与えて貰えるのだが、これは作者・老いぼれ猫さんの筆力によるものかもしれない。
もう一つ、この連載が楽しいのは子どもの頃読んだマンガ「フー太くん」を髣髴とするのだ。主人公フー太くんが毎回繰り広げる珍騒動があり、最後に毎回手持ち金増減に関する収支報告が載るのだが、それが妙に楽しかった記憶がある。題名は「フー太くん」で正しかったかなぁ、作者は誰だったかなぁと思うのだが、インターネットで検索して答え一発カシオミニ(古いっ)ではつまらないので、親切なメールが届くのを楽しみにしていたりする。それが実はネットでヒトが繋がることの数少ない楽しみかもしれないのだ。

[さすらい通信]購読申し込みページはこちら
http://oldcat2.tripod.co.jp/
※はまボーズ氏の活躍ぶりは最近のバックナンバーを参照すべし(^^)

2001年 8月 23日 木曜日
【台風一過】

幼い頃、今日のような青空を見上げて親たちが「台風一過」という言葉を口にする度に、私は「台風一家」だと思っていた。「次郎長一家」のように「台風親分」が「雲」や「雨」や「風」や「波」などの子分を引き連れて、全員揃って立ち去ったことを「台風一家が行ってしまった」と喜びあっているのだと思っていたのだ。恐る恐る妻に話してみると、いつものように、
「あなた、頭悪かったんじゃないの?」
と言われそうな気がしたのだが、
「私もそうだった」
と、言われて少しだけ安心。妻の言う一家はヤクザの一家では無いようだが。
町を歩くと布団を干している家が多い。布団で寝る習慣がある国は、日本以外では韓国くらいしか知らないのだけれど韓国の家庭もお天気の良い日は屋外に布団を干すのだろうか。
しみじみ日本だなぁと思える風景の一つとして、私なら布団を干す風景をあげたい。東海道新幹線が東京駅に近付き新横浜あたりから高架脇に立ち並ぶマンション群が増えてくるが、お天気の良い日には各窓々から布団がペロンと舌を出したように垂れ下がって万国旗のようだ。ああ、あの巣箱のひとつひとつにヒトがいる、熱く湿った夜気に身を捩り、寝苦しさにまんじりともせず朝を迎えたヒトがいる、そう思うと同胞意識がくすぐられてならないのだけれど、欧米人が見たら日本という国の風土に育まれた、文化の一端を確実に見た気がするのではないだろうか。
写真は文京区小日向にて(8/23 11:32am)

2001年 8月 21日 火曜日
【台風】

台風がやって来るとウキウキするというのは、非日常性に対する素直な感情表現かもしれない。子供時代を振り返ると、玄関や窓に板を×字型に打ちつけて準備をする大人たちのあたふたとした姿、停電になって蝋燭を囲んで過ごした夜の皆の顔、雑音だらけのニュースを聞く時のラジオの赤いイルミネーションなどなど、甘酸っぱくも懐かしい思いが胸に込み上げてくる。
だが、私の子供時代、大人たちにとって台風というのは実際には今よりもっともっと恐ろしいものだったのだろう。1959年9月26日の伊勢湾台風では全国の死者・行方不明者が約5千人を数えたという。私は5歳のこの年、静岡県清水市の祖父母の家で恐ろしい台風を経験した。それが伊勢湾台風だと思っていたのだが、記憶では8月のはずなのに、潮岬付近に上陸したのが9月26日だというので驚いた。おかしいなぁと思って調べてみるとこの年は台風の当たり年だったらしい。9月16日は宮古島台風で死者・行方不明者99人が出ており気象観測上最低気圧の908.4ミリバールを記録したという。で、恐らく私が体験したのは8月13日に静岡県に上陸し死者・行方不明者235人を出した台風7号だったというのが調べてみてわかったことだ。

川沿いにあった祖父母の家は床上まで冠水し、私は二階へ上がる階段に腰かけてプカプカ浮かんだ家財道具を屋根へ引き上げる大人たちの仕事ぶりをワクワクしながら見ていたのだった。だが、水が引いてみて大好きな犬がいなくなっているのに気づいた時、気分は暗転した。大人たちが捜し回り、結局縁の下から変わり果てた姿で見つかることになったのだが、可哀想なこの犬は突然の堤防決壊で濁流に押し流されるままに、最後は縁の下に押し込められて溺死したらしい。死後硬直して縁の下から引き出された犬の姿を思い出す度に切なく、台風を恐ろしいものとして妙にリアルに想起することがある。

2001年 8月 20日 月曜日
【さぎそう】

さぎ‐そう【鷺草】
ラン科の多年草。山野の湿地に自生。高さ約30センチメートル。夏、鷺の飛ぶ姿に似た白花を開き、観賞用に栽培。(広辞苑第五版より)

郷里の商店街を歩くと、買物時だというのに人通りの少ないことにびっくりする。サラリーマンが勤めている会社の倒産や整理で職を失うというのも切ないが、人通りの無い商店街で店を開けて客を待つというのも切ないものに違いない。素人の思い付きで活性化の方途を語るなどということができる状況ではないほど、ふるさとの経済状況はひどい。

店頭に美しく手入れされている鷺草を置いている店があった。“鷺の飛ぶ姿”という例えの見事さに舌をまくほど美しい名と姿形だと思う。美しいものを店頭に飾ってみて貰うという小さな心づかいだけれど、ふと足が止まり、心が動く。“足が止まる”“心が動く”そういう些細なことからできる事をやるというのは商店主にとって決して無駄なことではないかもしれないし、消費者側から見れば商店街を歩く楽しみというのはそういうところにもあるのだと思う。


2001年 8月 18日 土曜日
【由比宿にて】


8月18日、旧東海道由比宿を歩く。
街道沿いの名店にて撮影。私はどうも生簀の魚介を食するというのが好きではない。小さな冷蔵ケースにその日商うしめたネタが並んでいて、売り切れたらお終い、といった暮らしぶりの店が好きだったりする。
風人社の松井さんにならって俳句を一つ。

あわび聞くや 生簀の外は 蝉しぐれ

2001年 8月 17日 金曜日
【次郎長のことば】


清水市美濃輪町、清水次郎長生家の服部さんを訪ねる。次郎長さんの直筆を見る。

やまをみにいくから
よくみせてくれるように
三人にていく

なんか不思議な言葉だなぁ。「やま」というのは富士山の事だろうか、それともMountainとは全く別な「やま」の事なのだろうか。三人とは誰なのだろう、生身の人間か、はたまた亡くなった初代お蝶、二代目お蝶と三人連れの意だろうか。何とも不思議な文面で心に残る。山頭火の俳句みたいだ。
左は、次郎長亡き後天寿を全うする三代目お蝶の辞世。

頼みなき
この世を後に旅衣
あの世の人に
あふぞ嬉しき

2001年 8月 16日 木曜日
【残暑】

残暑厳しい新宿駅前。頻繁に掘り返されるせいで舗装がいい加減なのかこの界隈の舗道のアスファルトは熱でぐにゃぐにゃだ。そんな気味の悪い路を歩く。
目眩いのするような広告だらけの雑居ビル。高校生の頃まで、このような光景は香港あたりまで出張らなければ見られないと思っていたが、あっという間に日本も“アジアン・テイスト”の街並みになってしまった。美顔、コンタクトレンズ、アパート・マンション賃貸、ファーストフード、安売り王、そしてサラ金、サラ金、サラ金…。
あまり用は無いのだけれど、新宿、代々木あたりに仕事で出掛ける時はこの通りを歩く。帰省時にお土産にすると母親が大喜びする“ポケットティッシュ”収集のためだ。犬の散歩時に排便後の後始末に重宝するのだと言う。不況のどん底で喘ぐ港町では路上でティッシュが貰えるなんて夢のようだそうな。
1往復すると鞄の中にサラ金広告付きティッシュが10個程溜まる。サラ金とポケットティッシュ、何とお似合いの取り合わせだろう。経済雑誌の“日本の億万長者”に名を連ねる者にその業界が多いことに驚く。昔、お金持ちの家の上棟式に行くと餅が蒔かれていたように、今この国ではティッシュが蒔かれている。

 


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