電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2002年 6月16日 日曜日
【球技あれこれ】

社会人になってからほとんどパチンコをやっていない。
 
娯楽なら、もっと楽しいものがあったし、金儲けなら安いアルバイトを引き受けた方がマシだと思えたから。さらにパチンコ台自体、コンピューター化が進んで、人間が機械に遊ばれているような仕組みになって、動く金が万単位になったのも、パチンコ遊びに興醒めした一因かもしれない。
 
サッカー Jリーグが発足し、2002ワールドカップが始まってしまうと、野球中継を見る気もしなくなったのだが、野球自体に興味が無くなったかというと、そうでもなくて、夏の高校野球地区予選が早くも始まる、などという記事を見るとワクワクし、パ・リーグのデイゲーム中継を見て結構楽しんでいる自分に気づく。


ワールドカッブ・サッカーの中継開始まで、義父にお付き合いして久し振りに巨人戦を見ていたのだけれど、なんだかつまらない。野球場がパチンコの盤面に見えてきた。
打者が球を弾いて反時計回りに転がり、ホームの穴に入ると、点がジャラジャラと出てくるゲーム。
なぁーんだ、野球ってパチンコに似てるなぁと思い、巨人戦がつまらないのは、金で4番打者クラスの選手をかき集めて並べるだけの球団経営やチーム作りが、面白みの無い最新型パチンコ台に似ているからかも、と思えてきた。
 
やってる本人は楽しいし、シーズンオフには出玉に応じて、ライターの石を抱えて景品交換所に行く楽しみもあるけれど、パチンコって他人が打ち興じている盤面を見ていても、ちっとも面白くない気がする。
 
それでも、サッカー中継の裏側で熱心に巨人戦を見ている人を想像すると、出て当然のサービス台で、出た!出た!また出た!と大はしゃぎするのが巨人ファンで、台は良いはずなのに何万円もすってスッカラカンになるのを面白がってるのが、アンチ巨人なのかもしれないなぁなどと思ったりする。

※写真は東京ドームでの日本ハム対ロッテ戦。ドーム球場って空調のせいかすぐに眠くなる。

2002年 6月17日 月曜日
【未来の蛇口をひねってみたら】

水を買うという習慣は、一度慣れてしまうとなかなかやめられない。
 
もちろん水道の水とて、タダではないのだから都市生活者は誰でも水を買うのだけれど、水道水の水質悪化とマンション固有の問題で、酷い水環境に暮らしたことがあり、それ以来、飲料水はペットボトル入りを購入し続けている。
 
このまま都市の水環境が悪化の一途を辿ったら、将来はどうなるのかしらと、生きているはずのない未来のことが心配になる。
インターネットで未来の新聞も読めるようになったので、西暦2525年の朝日新聞縮刷版を検索していたら面白い記事を見つけた。
 
東京ガスと東京電力が新サービス「AquaPolicePlus」提供開始
「無線米」順調なすべり出し

 
東京ガスと東京電力は首都圏の集合住宅を中心に、分子レベルの飲料水提供事業「AquaPolice」を展開してきたが、更なる高収益化をめざして、固形食品分野に進出することになった。「AquaPolice」は、水素、酸素などの分子レベルの材料を提供し、各家庭の要求に応じて各種ミネラル分を加えた人造水を合成するオンデマンド水供給システム。従来の給水タンクに替って、オンデマンド水供給機を集合住宅に設置するサービスだが、都内の8割りのオフィスビル・集合住宅に導入が進み、同業他社の参入もあって、やや収益が頭打ちになっていた。オンデマンドで分子結合による粒状物質生成のアルゴリズムを開発したのをきっかけに、固形食品分野への進出をもくろんだもの。
同社では、昨年来の「狂麦病」騒ぎ以来、主食としての米がパンに替って見直されつつあるのに着目し、手始めにオンデマンド人造米生成システムを開発した。既存の「AquaPolice」システムに、カルシウム、リン、鉄、ナトリウム、カリウム、さらにたんぱく質、脂質、ビタミンを配合するシステムを増設し、各家庭に人造米を供給可能にするもので、簡単な機械増設とオンラインアップデートで「AquaPolicePlus」が利用可能となる。
各家庭では、インターネットで銘柄や量を指定して「AquaPoliceお米券(ダウンロード・プログラム)」を購入し、パソコン端末からパスワードを入力してプロテクトを解除すると、好みの銘柄の人造米を即座に入手することができる。蛇口から人造水だけではなく、人造米も出てくる時代になったわけだ。
「無洗米」同様、研いだり水洗いしたりする必要が無いので便利と、利用者の評判も上々で、同社では「無線米」を「AquaPolicePlus」システムの主力商品に育てたいと普及に注力して行く方針。

 
「無洗米」にも抵抗があるのに「無線米」とはね〜。この時代に生まれてて良かったなぁと、米を研ぐ手にも力が入る。

2002年 6月18日 火曜日

2002年 6月19日 水曜日
【川辺寸景】

若くして亡くなった叔父は猟が好きで鉄砲も撃ったけれど、投網も打った。
 
近所の川でヤマベが跳ね、虹色の婚姻色が水中で煌めいた、などと子どもの僕が言うと、瓦作りの仕事の手を止めて、投網を担いで行って遊んでくれたものである。
 
夏場は、叔父が投網を打ち、海水パンツに水中眼鏡をつけ腰に竹のビクをつけた僕が、川上側から水に潜って網の中の魚を手づかみにして捕獲する役目をした。投網をたぐり寄せて陸に上がれば良さそうなものだが、岸辺に引き返すのが面倒だった事もあるだろうし、自然教育的な配慮もあったのかもしれない。
投網にとらえられた川魚は、何故か川上に逃げるのである。名も無い川だったが、時折天然遡上の鮎がかかることがあり、鮎は貴重なので、捕らえてもビクから逃げ出さないように、エラの所を歯で噛んで、命を絶ってから入れろなどと教えられたものである。僕は、それが苦手で、恐る恐るやってみたら西瓜の匂いがしたのを覚えている。



インターネットで郷里に関するサイトを開いていたりすると、時折、同郷人からメールをいただくことがある。何故か年上の方であることが多いのだけれど、初めて同い年の方からメールをいただいた。
県立高校の中庭で卒業写真を撮影している三十年ほど前の写真にコメントしていただき、女子生徒が少ないから理系クラスの記念撮影だろうと教えていただいた。
 
その学校は、僕が受験に失敗した高校であり、母校の中学から進学した友人も多い。
懐かしい友の名を男女三名ずつ書き連ねて、同級生でこんな人々がいたのをご存知無いですかと、メールの返信に書き添えてみた。女性二名だけ記憶にあるけれど、同じクラスになったことは無いという。最も消息を知りたかった親友二名の手がかりを期待していたのだけれど、狭い田舎町とはいえ、そうそう期待していた獲物がかかるはずもない。
 
投網を抱えて川遊びに出掛けたものの、その夜の晩酌の肴になりそうな漁が無いと、叔父は帰り際に岸辺から名残惜しそうに最後の網を打ったものである。手元に引き寄せると木切れしか掛かっていないこともあり、叔父は照れ臭そうに笑って、「かえらざぁ(帰ろう)」と呟いた。夏草の生い茂った河原から夕暮れの空を見上げ、視線を戻すと川面は驚くほどに暗かった。
 
また地元の近況でもご報告できれば……と書き添えられたメールにも、ふと黄昏時の気配が感じられりする。

2002年 6月21日 金曜日
【東天紅】

夏至を過ぎ、これから日暮れが早くなり、夜明けがだんだん遠くなる。
 
夏場は、六義園でさえずる鳥たちの声で目を覚ますことが多いのだけれど、その鳴き声が何という鳥の発するものかがわからない。わからないと、知りたくなるのだけれど、「聞きなし」の資料を見ても、実際の鳴声に結びつかない。音声を文字に置き換えるのは、難しいものだなぁと思う。
 
鴬は「法 法華経(ホーホケキョ)」、これはわかりやすいけれど、目白の「長兵衛 忠兵衛 長忠兵衛(チョウベエ チュウベエ チョウチュウベエ)」、燕の「土食って虫食って渋い(ツチクッテムシクッテシブイ)」なんてのになると、文学的遊びが過ぎて、あまり実用的で無い気がする。
 
第一、日本人に「コケコッコー」と聞こえるニワトリの鳴き声がアメリカ人には「クックドゥルドゥー」と聞こえるというのだから、好き勝手に聞いたものを、好き勝手に文字に置き換え、実際の鳴声を表現するなんて土台無理だ。
 
無理だけれど、言葉遊びとしては面白い。
上富士交差点から、不忍通りを上野方面に向かってタクシーをつかまえたら、運転手がしきりにクイズを出す。上野池ノ端の中華レストラン「東天紅」の「トウテンコウ」の意味を知っているかという。「知らない」と答えると、東天紅は鳴き声を楽しむ長鳴き鶏の一種で「トウテンコウ」は、その聞きなしだという。なるほど、コケコッコーはトーテンコーに似ているし、「東の天空が紅だよ〜」と鳴くというのはとても美しい表現だと思う。
 
片や、文学的素養の無い夫婦の聞きなしは情けないもので、僕が「ピーチチ ピーチチ」と聞こえる鳥の声を妻は「チチピー チチピー」だと言い張ったりする。

日暮れてから、聞いた事も無い奇妙な鳴き声が聞こえることがあり、妻が「何て鳴いてるように聞こえる?」と聞くので、耳を澄まして聞き取り、正直に「チンポノケー」と答えたら呆れた笑いが返ってきた。凡人の聞きなしなんて、その程度のものなのだから仕方ない。

2002年 6月22日 土曜日
【旅の風景】

郷里静岡県清水市、来春には静岡市と合併(実質は吸収だし、吸収する主は「静岡市」ではなく、自治体が肥大すれば棚から牡丹餅が落ちてくるかもと考える一部の「人心」だ)される港町で頑張る友人たちに逢いに行くのだ。
 
東京・清水間の旅は幼い頃からの楽しみだった。
当時は急行列車も停車するほど栄えていた清水市だが、急行券などという贅沢品を買えるわけも無く、土産を詰めたボストンバッグをチッキで預けての、母子二人、心もとない旅だった。
 
僕は窓際に座って車窓の景色を見るのが好きだった。
横浜を過ぎると沿線には水田風景が広がっていた時代で、水田の中に一反ほど盛り土し農家が当座に用いる野菜を作るための畑作をしている様子、古びた農作業小屋のたたずまい、突然降り出した雨に田中の小道を急ぐお百姓さんたち、先祖代々の田畑を手放してはいけないよと言わんばかりに、田んぼの真ん中に立ち並ぶ墓石たち、そんな景色を飽きることなく眺めていたものだ。
 
中でも好きだったのが、車窓から見える場所に建てられた屋外看板を見ることで、あんな場所にどうやって建てたのだろう、どうして山の中腹に「○○足袋」なんて文字があるのだろうと、シュールな環境芸術を見るようで楽しかった。
 
とりわけナショナルのテレビの広告塔が大好きだった。
細長い鉛筆のような家が建っていて、屋根にはちゃんと受信用テレビアンテナがあった。幼い頃は、あの家の中に一人ずつナショナルの社員が入っていて、テレビを見ているのだと思っていた。そういう仕事も楽でいいなぁと思いつつも、田んぼの真ん中で、買い物はどうするのかしら、寝る時も立ったままなのかなぁなどと、愚かしい空想を膨らませていたものだった。
 
新幹線の時代になっても、屋外看板の需要はあるらしく、新幹線の通過スピードでも長時間見られるように、手前に角度をつけて建てられている。聞いたことの無い化粧品メーカーの看板を良く見かけるけれど、どうして列車の旅と化粧品が結びつくのかわからない。
高速移動する女性は、旅やつれが気になり、目的地に着いたら化粧品屋に向かうであろうという推測に基づく広告戦略なのだろうか。
 
そういえば、昔から意味不明だったよなぁ、田んぼの真ん中に「ふとんの○○」、山の中腹に「○○真綿」なんてのも、あったなぁと当時の旅を思い出したら、大人になった今、氷が溶けるように意味がわかってきた。
鈍行列車の硬い座席に座っていたらお尻や背中が痛くて、ああ、早く祖父母の家に着いて柔らかなお布団にくるまって眠りたいなぁと思ったものだった。そういう旅の時代だったのである。
 
リクライニングする新幹線の座席からみえる広告看板は、今どきの行政肥大化志向と同じで、大人でも理解不能な時代になったんだよと旅人に語りかける。

2002年 6月29日 土曜日
【案ずるより産むが易し】

NHK朝の連続テレビ小説「さくら」。
何となく朝のペースメーカーがわりに惰性で見続けている。
 
郷里、静岡県清水市で幼い頃祖母と作った、茄子や胡瓜に木の棒で足をつけた飾り物、「おしょうろさん」が小道具として登場し、その芸の細かさに感動したのだが、静岡県清水市の合併問題に関するサイト「わたしもひとこと・合併通信」を開いておられる磯谷臣司さんは、主人公さくらの勤める学校の掲示板に、市町村合併問題に関する説明会のチラシが貼ってある小細工に、感心したという。
また静岡県清水市で藍染め教室を開いている母は、飛騨古川の和蝋燭屋沼田家の嫁筆子(浅田美代子)が着用していたエプロンが、染め物の技法の一つ「豆絞り」であることに気づいて楽しかったという。
 
NHK初の全編ハイビジョンによる朝の連続テレビ小説なので、細部の小道具に凝っているらしく、ハイビジョンを持っていない視聴者も感心するような細部の工夫がなされているようだ。
 
第14週「案ずるより産むが易し」(7月1日〜7月6日放送)では沼田家のみどり(熊谷真美)が自宅出産をすることになるのだが、第13週「とらぬ狸(たぬき)の皮算用」6月29日(土)放送分で、みどりのお産の手助けをしたいというさくらが、みどりから借りたお産に関する本を読むシーンでびっくりさせられた。


なんと、さくらが手にしたお産の本は右閉じ左開きの縦組みの本なのだが、裏表紙に左閉じ右開きの横組み用のバーコードが印刷されているのである。
僕が知る限りでは、縦組み用も横組み用も背から12mm、天から10mmの位置に印刷しなければいけないはずなのだが、なんと縦組みの本に横組み用が、本の小口側(背の反対側)に印刷されているのである。天下のNHKがラストシーンでデジタルハイビジョン大写しで放映するくらいなのだから、縦組み用も横組み用も好き勝手に自由な位置に表示して良いと、ルールが改正されたのだろうか。
 
よーし、やってみようと僕が挑戦したら、取り次ぎからの返本の山を前に、ペナルティの支払いか、始末書か、取引停止を宣告されてもおかしくはない気がするのだけれど、是非、天下のNHK出版さんにはデザイン上の制約を打破するためにもこの方式での出版に挑戦してもらいたい。
「案ずるより産むが易し」かもしれないから。


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