電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2002年10月 1日 火曜日

【猫とカラスの秋】

病葉(わくらば)が色づき始めた桜の枝に猫の姿を見かけるようになったら秋も深い。
 
というのは嘘だ。
だが、友人と歩いていたら、桜の木の枝に若い猫がとまっているのを偶然見つけた。
左甚五郎作「眠り猫」のように、樹上にうずくまっているのだが、視線の先1.5メートル程にカラスがとまっていて、猫を睨み付けているのである。
 
カラスというのは、物真似ができるほど声帯が発達しているようで、猫を威嚇する脅し声がなんとも奇妙で面白い。猫もカラスも、身長の高い僕なら手が届くほどの高さのところにおり、普通なら人が近づけば飛び立ってしまうはずのカラスなのだが、喧嘩に夢中で逃げようとしない。
威嚇の声を上げながら、チラッチラッとこちらを横目で見て、
「困るんですよ〜、この猫、こんなところに登っちゃって」
と、人間のやじうまに加勢を訴えているようなのが可笑しい。
 
猫の方は、視線をそらしたら舐められるとでも言うように、カラスを見つめ「ガンをとばす」ポーズを悠然と維持している。
友人と二人、飽きずに見上げていたら墓参りらしい品の良い老婦人が近づいてきて、
「どうしたんですか?」
と聞くので、猫とカラスの睨み合いの顛末をお話すると、
「カラスは悪いのよねぇ、シッシッ!」
と言う。このご夫人は、猫好きというか、カラス嫌いらしい。
 
友人のカメラマン、川上哲也さんに電話して、面白い光景を見たと話すと、猫とカラスのいざこざというのは、よく見かけるものらしい。
哲ちゃんは、マンションで猫を飼っているのだが、愛猫「李千年」さんは、ベランダでカラスに威嚇されることが多く、脅えて室内に逃げ込んでくるという。
 
猫とカラス戦わば必ずや猫に勝機あるらん、と思えるのだが、秋になってますます色香が漂い出したという「李千年」さんは、「カラスは悪いのよねぇ、シッシッ!」の、品の良い老婦人のようになるのかもしれない。
 
※写真は「色っぽい李千年さん」と題して哲ちゃんから送られてきたもの。

2002年10月 2日 水曜日

【台風21号】

台風21号通過。
とりあえず、今回の台風は個人的に「奥の細道」と命名しておいた。

台風の首都圏直撃も予想されたので、午後早めに代々木での打ち合わせを済ませる。
いつもの通り、新宿駅南口まで歩くと、小田急線の踏切で列車の通過待ち。
遮断機のところに、飲み終えた空き缶を置いていった不届き者がいたらしいが、台風、遮断機、「明日があるさ」の取り合わせに、奇妙な脱力感があって可笑しい。この缶の先、雨雲に覆われた巨大ビルの中に、数年前まで「明日があるさ」の作詞者が知事として座っていたのだ。
 
缶の設置者は、この場所こそ相応しいと、わざわざタイトルを通行人に向けて、置いていったのだろうか。ナンセンスな環境芸術は活け花に似ている……。似てないかな(^^;;
 
※マウスアップで表示される写真は、上空を「奥の細道」が通過中の上富士交差点。

2002年10月 3日 木曜日

【たかが掛け時計一つ選ぶのに】

家庭用ファックスを買おうと思ったら、子ども向けアニメの宇宙基地みたいなのばっかりで呆れた、電話機を買おうと思ったら、膨大な数のランプが電話がかかるたびにピカピカ光り、けたたましい音のするものばかりだった、などと嘆く声を友人たちから聞く。
仲の良い工業デザイナーによれば、最近は少し良くなってきたというのだけれど。
 
気に入っていた掛け時計を義父母の住まいに寄付してしまったので、新たに買う事にした。
シンプルで機能本位、時刻あわせの手間のいらない電波時計と決めていたのだけれど、時計売り場に行って唖然とした。“シンプルで機能本位”の掛け時計なんて、なかなか見つからないのだ。
 
最低限、純白の文字盤にオーソドックスなタイポグラフィで時刻が刻まれ、シンプルな針のついた円形の奴が欲しいのだけれど、そういうのは飛び切りチープで980円だったりする。
そもそも、掛け時計というのは何故額縁が付いているのだろう。時計の文字盤というのは絵に等しいとでもいうのだろうか? そして高価になればなるほど、その額縁は奇妙奇天烈な意匠が施され、意図のわからないデコラティブなものになっていく。要するに、高い価格を付けたかったら、額縁に凝るしかないというような思考方法で物づくりがなされているのだ。
 
友人たちの多くは、編集者だったり、物書きだったり、写真家だったりするわけだが、正式な“デザイン教育”など受けていなくても、「こりゃ、ひどい!」と呆れるものが氾濫しているのだけれど、本当に“掛け時計を購入する顧客”はそういうものを求めているのだろうか。作り手が“顧客は所詮ドセンスなんですよ”と決めつけているだけなのではなかろうかと、考えたくて仕方ない。

「頼む! 金は多めに払うから“余計なデザイン”はしないでくれ!」
と叫びたいのは僕だけだろうか?
不況で消費者が買い控えをしているのではなく、買うに値する商品が無いだけではないのかと思えてならない。
 
結局、業務用に近くて、巨大になればなるほど“額縁”の厚さが相対的に減少する事がわかったので、「こんちくしょう!」とばかり、直径40センチ近い大型のものを買い込んできた。いいのだ、歳をとってどんどん視力も衰えるのだし。
 
通信総合研究所が発信している日本標準時(JST)の電波を定期的に受信して自分で時刻合わせしてくれる電波時計は、電池を交換したりしても時刻合わせを人が行わずに済むので便利だ。
マンション内など、電波状況の悪い場所で使うコツは、ベランダなどで強制受信を実行してから設置する事。我が家のような劣悪な環境でも、設置後は電波状態の良い深夜に、自動受信による時刻合わせが出来るようになる。

2002年10月 4日 金曜日

【ヘチマ】

自然の造形というのは素晴らしいと思う。
 
仕事帰り、JR 駒込駅近くでヘチマ棚を見たのだけれど、ヘチマの蔓の先ってなんて凄いのだろう。
蔓が伸びて次々に突き当たるものに絡みついて、葉を繁らせ、太陽の光を受け、秋には見事なヘチマの実をたわわに付けるのだけれど、絡みつく対象を見つけられなかった蔓の、自らを始末する様が美しいのだ。
 
「自然なカーブ」という言葉を誰でも口にする。
例えば、習字の時間、いけないと言われている二度なすりをした文字の不自然さは、誰でも気づいてしまうし、焼き物を見に行って曲面が気に入らないのは、「自然なカーブ」で無い事に、気づいていたりするのだ。

●画像にマウスを重ねて見てください。

美術教育を専門的に受けたりしなくても、人間は自然が作り出す曲線の美しさを知っているし、数学の時間、グラフ用紙に座標点を打ち、繋いでいくうちに出来上がる曲線を、美しいと感じる感性を誰もが持っているらしい。
それが母胎に宿る以前、人間の遺伝子に書き込まれている知恵なのか、初めて触れる母親の身体のまろやかさに源を発する、学習の結果なのかは知らない。
 
ヘチマの蔓が描く曲線の美しさは、見ていても見飽きる事がないので、写真に収めてみた。アルファベットのスクリプト書体の美しさに似ているし、かな文字草書の流麗さにも似ている。
うーん、凄いなぁ(^^;;

2002年10月 5日 土曜日

【私の庭・みんなの庭】

豊島区駒込、JR 駒込駅近く、六義園染井門にほど近い場所に「私の庭・みんなの庭」という小さな公園がある。公園というよりも、カントリーガーデンというか、畑や田んぼの脇のちょっとした空き地というか、要するに住宅街の一角に突然、懐かしい「田舎」があるのだ。
運営は住民の自主管理で行われており、掃除や手入れ、管理などもすべて「みんな」で行っているのだという。

「私の庭・みんなの庭」にようこそ。
ここは私たちの町、染井の広場です。
おおやさんは豊島区、運営は住民の委員会による自主管理。
掃除、草むしり、作物の手入れ、門の開け閉めはみんなで行います。
多くの草花、野菜、田の稲、池のメダカは皆で一緒に、または誰となく植えたり放したりしたもの、そんなに難しいルールを決めているわけではありません。
庭の様子は何年かかけて皆で作ってきた成果です。
どうぞおくつろぎください。

お庭クラブ運営委員会

最近耳にする言葉で「ビオトープ」というのがある。
ビオトープ【biotope】
〔ドイツ語で生物(bio)と場所(tope)を示す造語〕
都市の中に動物・植物・人間が共存できる生息空間を造成または復元すること。公園の造成・河川の整備の計画などに取り入れられている。(新辞林より)
厳密にはビオトープと言えないかもしれないが、野の草花が生え、小川を模した池があり、畑に作物が植えられ、水田があり、果樹が茂り……と、作られた自然がある事で、ここにはたくさんの昆虫が生息していたりするのだ。それらは住民や支持者、利用者が持ち込んだものも多いのだろうが、ある程度自然の循環系を用意すると、都会でも驚くほど多様な生物が戻ってきたりするのだ。

昔懐かしい手押しポンプがあり、触ってもいいのかしらとためらいながら押すと、ちゃんと水が出る。よくよく考えると、小川の水が自然発生しているわけもなく、雨水とこのポンプでくみ上げられる水によって出来上がった人工の小川なのである。日照りが続いた日はもちろんの事、水質の具合を見ながら、住民が適宜給水しているのかもしれない。これも人の努力あればこそ微妙に維持されている人工自然なのだ。
ポンプで何度か水をくみ上げると、脇で電動ポンプの動く音がしているので、貯水タンクに地下水をくみ上げて一定量保持する仕組みになっているのかもしれない。ポンプの下に災害時のための消火栓も見える。一挙両得を考えた賢い工夫だなぁと思う。

小川はやがて湿地になり、水辺の植物が花を咲かせている。その先には畳一畳ほどの水田もあり、切り株から「ひこばえ」がはえているので、秋には刈り取りもあったのだろう。
サツマイモも植えられているので、この秋は子どもたちによる収穫もあるのだろうし、ヘチマ棚の下では瓶を置いて「ヘチマの水」集めなんかもやったのかなぁと、田園の遊びを思い出してワクワクする。

入り口の長屋門にはベンチが用意されていて、訪れた人の寄せ書き帳「お庭ノート・みんなの一言」もある。子どもたちが書き込んだメッセージを読むのも楽しいし、大人たちが感動して寄せている激励のメッセージにも胸が熱くなる。世の中まだまだ捨てたもんじゃないんだなぁと感動的ですらある。
 
掲示板にはいかにも手作りで血の通ったメッセージが張り出されているし、子どもたちの写真パネルはあるし、収穫祭思い出の写真帳なども自由に見る事が出来る。何もかもがオープンなのが清々しいが、「こんな取り組みがあるんだよ」と知人に紹介すると、「よくトラブルもなくそんなことができますね」と驚かれる。
 
殺伐とした世相を思う時、性悪説に則って考えれば、とてもやってみようと勇気の持てる取り組みではないが、常駐する管理者もおらず無人なのに、ゴミひとつない園内と、丹精された畑、心を開き続けようという姿勢を見るにつけ、住民の努力に頭が下がるとともに、この庭が「現代人が忘れてはいけないもの」を呼び戻すための、もうひとつのビオトープの役割を果たしているように思えてならない。

※小さい画像をクリックすると大きな画像が見られます。

2002年10月 6日 日曜日

【随所ニ主トナレ】

「随所ニ主トナレ」という言葉があって『臨済禄』にある禅語らしい。
 
自分なりに解釈している好きな言葉なのだけれど、正しい解釈が知りたくて検索してみた。
常に自分が主役であり続ける事、逆境にあっても受動的にならず能動的に生きる事、などと解釈して座右の銘にされている方もいるようだ。禅問答じゃないけど、勝手に解釈していればいいのかもしれないけれど、ちょっと気になる。
 
司馬遼太郎『功名が辻』に「随所ニ主トナレ」が出てきた。
 
「いつ、どの時期、どの場所、どの瞬間でも、つねに自分が客観情勢の主人でいる、ということで、客観情勢のドレイにならない、ということだ。」(司馬遼太郎『功名が辻』文春文庫)
 
「客観情勢」とは何かと考える時、過去の総括も未来への予見も「客観」として頼らず、「今この時、その連続としての随所」にしか「客観」を信ずるなと、解釈したくて仕方なかったりする。この場合の客観は主観の認識・行為の対象となる「世界」のことだけれど。
例えばこんな事がある。
 
電車の車内に誰かが捨てていった空き缶が転がっており、電車が揺れるたびにカラカラと音を立てて転がっていたりする。あの人の足元、この人の足元と転がっていくのだが、誰も見ないふりをしていて、「自分の足元に来なければいいなぁ」などと、ぼんやり考えており、幼い子どもが、大人が見ないようにしている缶の行方を面白そうに見ていたりする。
下車時に拾い上げてホームのゴミ箱に「こんちくしょう!」とばかりに投げ込んでしまえば、すっきりしそうな気もするけれど、自分が捨てたのでもないのに他人の尻拭いをするようで癪だし、自分が捨てた犯人のように思われたりしないかと余計なことを考えたりする。だが、自分が潔く意を決して行動すれば、すっきり解決する「現実」が目の前にあるのだ。

あの時、自分がその役目をしていたら、子どもたちにも良い手本を示せたかなぁ、今後そういう機会が有ったらすすんで実行したいものだ、などと考えることは大した価値もなくて、今決断すれば変えることのできる現実が目の前に有る一瞬こそ、「主トナレ」る唯一のチャンスなのかもしれないと思ったりする。
 
「随所ニ主トナレ」、咄嗟に決断して飛び立ちさえすれば変えられる現実をとり逃すことの多い優柔不断で凡庸な僕への、アリガタイ戒めの言葉と勝手に解釈していたりする。

2002年10月 7日 月曜日

【左甚五郎をぶっ飛ばせ】

関東近辺に住んでいると日光に旅行する人が多いせいか、日光東照宮にあって左甚五郎作と伝えられる「眠り猫」の置物をお土産に貰うことが多かった。
 
わが家にも銅製のものが有ったのだが、引っ越しの際に捨ててしまったのかもしれず、今になってみるとちょっと惜しかったりする。
なかなか心地よい曲線を持っていて、思い出しては手で撫でたりしていたのだが、いざ、小学校の修学旅行で本物を見たら拍子抜けしてしまった。なんと立体彫刻ではなく、板に彫られたレリーフだったのである。左甚五郎より、レリーフを三次元の立体化した職人さんの方がよっぽども上手だと思ったりしたものだ。

●↑on Mouse Over

「眠り犬」というのはあまり見たくない。
犬にはやはり覚醒していてもらいたい気がするのだ。
寝ている犬を見ると「起きているのが仕事だろう!」と言ってやりたい気がするのに対して、猫というのは眠っているのが仕事でも良いと許してやりたいほど寝姿が良い。「眠り猫」は見る人の精神を安定させる効果があるのかもしれず、町歩きをしていても就寝中の現場に出会うと肩の力が抜けて行くのを感じる。
 
猫の寝姿というのも百態はありそうで、その造形的美しさに感嘆する。
「どうだ、左甚五郎以上だろう?」
と言わんばかりの眠り猫ポーズ集を作ってみたくなってきた。
写真は、豊島区駒込の裏通りにて。
前脚を揃えて、のせた顎を右にオフセットしている。後ろ足のポーズがユニークなのは、車の屋根がカーブしているので滑り落ちないための用心だろうか。

和み度:★★★★☆

2002年10月 8日 火曜日

【左甚五郎をぶっ飛ばせ…2】

写真というのは凄いもので、自分が写した写真を歳月をおいて見返す時、撮影者の意図、記憶に対して「過去からの逆襲」を受けたりする。
 
猫の寝姿が好きなので、パソコン内のアルバムを検索すると、沢山の“眠り猫”達がいる。
その内の1枚を取り出してサイトにアップしようと思い、改めて見直すと、当時は気付かなかった細部が見えてきて唖然とする。

撮影日、1998年9月5日、誕生日の翌日、宮城県多賀城市で撮影したものだ。
道端で大胆なポーズで寝ている猫がいるので撮影した。
多少薄汚れ、毛並みがくたびれていても、それも“野良”の勝手気儘、自由な暮らしの特権かもと、気軽に撮影したのだが、今になって見返すと、疲れ果てた気の毒な猫だったような気もしてきた。

当時珍しかった動画が撮れるデジタルカメラを、かつて勤めていた電機メーカーの先輩が旅行に持って行けと貸してくれたもので撮影した。画素数が少ないため細部が定かではないのだが、右前足に怪我をしている猫だったのかもしれない。
傷ついて行き倒れになったわけではなさそうなのがせめてもの救いだが、日当たりがよく人通りの多い路上で、傷が癒えるまでの孤独な戦いをしている猫だったような気もする。
 
首をもたげて「ニャ〜」と泣いた一声が、痛みを訴えたのか、明け透けな視線を疎んでのものだったのかはわからないけれど、一息吸い込んでふっと吐き出したお腹の動きが感慨深い。
なんだか気の毒でアップするのをやめようかとも思った。
アルバムの前後には同じ日に写した、友人が運営する「託老所」の写真も動画として記録されているのだが、一緒に散歩したおばあちゃんも、すでに今は亡い。
 
写真というのは過去しか写らない。
「今この時」を手づかみしたつもりでも、写した瞬間から、それは二度と手の届かない過去の記憶として永遠に遠ざかり続けるわけで、そういう意味での「逆襲」もまた、あらかじめ写真に運命づけられたものだ。やがて慚愧と、無常、死者たちによって埋めつくされて行くことを悲しんでも詮ない。
ここは気を取り直し、もしかしたら、元気で生きている可能性も無きにしもあらず、多賀城の“眠り猫”の幸運を祈りつつ深夜の東京から思いをはせる。
 
とはいうものの、
和み度:★☆☆☆☆

 
※画像をクリックすると“眠り猫”が動いて鳴きます。

2002年10月 9日 水曜日

【穴があくほど見つめ隊】

仕事で外出した帰り道、駅のホームで友人のカメラマン、当サイト寄稿コーナー『じっとり酔眼』の川上哲也さんに偶然逢ってしまった。
 
ホームに向かって下りてくる階段の脇を歩いていたら、独特の声音で「うぉーーぃ」と呼び止められてびっくりした。帰る方角が一緒なので山手線で数駅の間、並んで吊り革につかまったのだけれど、なんとも照れ臭くて困った。
 
哲ちゃんとは、そのようにして思い掛けない場所で偶然逢うことが多いほうかもしれない。
かつて、新宿の外れで偶然逢って、平日の昼間からビールを飲んだりしたことがあったのを思い出す。個々人の行動範囲、趣味嗜好、生活習慣が重なり合うことによる邂逅であって、背景には必ず必然性が有るのだ、などと言われるのだけれど納得がいかないことが多い。
 
もう一人、都内の思い掛けない場所で良く出逢うイラストレータがいる。
随分年上の方で、社会人に成り立ての頃、可愛がっていただいた。
依頼には下絵またはサンプルが必要で、注文通りの見事な絵を描いてくださるのだが、「僕に独創は求めないでくれ」という、珍しくも貴重な絵描きさんなのである。
僕が勤めていたプロダクションを辞めてから、仕事の依頼もしないまま二十年以上経ってしまったのだけれど、毎年欠かさず年賀状をくださるし、偶然路上で出逢う事が多い。
 
思いがけない偶然の出逢いが多い友人が何人かおり、彼らに共通する「何か」こそが「偶然の源泉」に違いないと、考えながら歩いていたら、先ほど別れたばかりの哲ちゃんの髭面が思い浮かび、「あっ」と突然その理由を探り当ててしまった。

僕は偶然の出逢いで人から呼び止められる事はあっても、こちらから気付いて人を呼び止めた事が無いのだ。偶然の出逢いを生み出す人は『じっとり酔眼』の副題にあるように「穴があくほど見つめ隊」の隊長が勤められるくらい観察力旺盛な人なのに違いない。
 
前述のイラストレーターにしろ、下絵やサンプルさえあればしっかり観察して、こちらの意図を外す事はないし、遠い日の彼の真っ直ぐな眼差しを思い出すと「穴があくほど見つめ隊」の隊員に違いないと確信したりする。
 
何のことは無い。
実は、人間というのは狭い世間で、毎日、数え切れないほどの思いがけない偶然の出逢いをしているのだけれど、そのどちらかが「穴があくほど見つめ隊」の隊員でないと、互いに気付かず擦れ違ってしまい、偶然の出逢いが生まれないだけなのかもしれない。
隊員の昼夜を分かたぬ精進と努力に、ただただ感謝するとともに眼の健康を祈りたい。
 
※写真は、文京区千石にある古い蕎麦屋を撮影中の隊長。

2002年10月10日 木曜日

【左甚五郎をぶっ飛ばせ…3】

10月8日の日記に関してお便りをいただいた。
 
「この猫は“眠り猫”ではなかったのですね」
 
そう言えばそうだ。
撮影直前に起こしてしまったので、厳密には“寝起き猫”なのである。
よーし、今度は正真正銘の“眠り猫”を、と1枚の写真を取り出す。
確実に“眠り猫”なのだけれど、“左甚五郎式寝姿”でないと、“眠り猫”であるという確証が沸きにくいのは何故だろう?

猫を飼ったことが無いので猫の“死に姿”を知らないのだが、“左甚五郎式寝姿”で往生する猫というのはいるのだろうか?
“左甚五郎式寝姿”は、それはそれで安らかなのだけれど、往生するなら両足を投げ出して、胎児に還って行くような寝姿の方が心地よさそうで、そういう寝姿を見るとついつい“死”を連想してしまうのだ。
 
吉行淳之介が若い頃、友人達と、洗面器に水を張って顔を沈め、どれだけ長く息を止めていられるかを競う遊びをしたという。
吉之本人かは忘れたけれど、ぺらぼうに息の続く者がいて連戦連勝なので、記録に挑戦している最中に、
「こいつ、死んでるんじゃないか?」
などと皆で囁き合って笑わせ、吹き出させて記録更新を妨害したという話を読んだことが有る。
言葉でくすぐられるのは僕も弱い。
 
犬や猫が笑うという話を聞く。
郷里の母の愛犬が、このところ体調不良なのだけれど、それを訴える母が、
「お散歩に行こうか! と言っても、いつもの笑顔が無いのよ」
などと言う。
“お散歩”の言葉とそれに続く楽しい出来事を記憶・連想し、心と筋肉の緊張が解けて顔面が弛緩したため、笑っているような表情に見えるだけだと説明する人もいる。
だが、“心と筋肉の緊張が解けて顔面が弛緩”するのも笑いであり、ルーブル美術館在住のモナリザさんだって微笑しているのではなく、なんとなく“心と筋肉の緊張が解けて顔面が弛緩”しているだけかもしれず、そう言ったところで、芸術的価値が落ちるわけでも無い気がする。
犬も猫も笑うのである。
 
さらに一歩進んで、猫が“言葉のくすぐり”を解したら、可愛いだろうなと思う。
「おい、この猫、死んでるんじゃないか?」
「死に顔が苦しげで、辞世の句は“むぎゅっ”かなぁ?」
「この死に姿からして、生まれ変わりは宿敵の“ノミ”だぜ」
……すると、猫の小さなほっぺたがみるみる膨らんで、「プッ!!!!」。
 
猫が言葉のくすぐりを解するなら、ペットとしては最高に楽しい相棒になりそうな気もするが、それによって“捨て猫”が減るかについては確信が無い。

和み度:★★☆☆☆

2002年10月11日 金曜日

【笑いとくすぐり】

“子ども期”というのは作られた概念である(Philipe Aries (1914-84)『〈子供〉の誕生』)。
 
そういう難しい話しではなく、自分が大人になってみて、子ども時代にあったのになくしてしまったものに「死ぬほどの“おかしさ”と“くすぐったさ”」があり、それが何処へ行っちゃったんだろうと気付いた時が、自分がもう子どもでは無いという“子ども期”の終わりの自覚だったのではないかなどと、馬鹿な感慨を抱いたりする。小学校高学年になったら「死ぬほどの“おかしさ”と“くすぐったさ”」を感じなくなっていたのだ。
 
子ども時代の笑いというのは苦しい痙攣に似ていて、お腹の皮がよじれ腹筋が痛くて死んでしまうのではないかと思うくらい、可笑しくてたまらなかった。友人と二人、畳の上を「助けて〜!ひ〜〜死ぬ〜〜」などと言いながら転げ回ったものだ。
くすぐったさというのも並大抵のくすぐったさではなく、大人や仲間からくすぐられることは、“死ぬかと思うほどの拷問”を受けるかのようだった。
子ども時代は脇腹に触られただけでも、飛び上がるくらいにくすぐったかったのだ。

中年と呼ばれる年齢になって、思いがけない体験をした。
友人のカメラマンと北海道・東北を旅した時、旅の徒然に「牛の話」を始めたら、それが可笑しくて可笑しくて温泉宿についてもまだ笑いが止まらず、畳の上を「助けて〜!ひ〜〜死ぬ〜〜」などと言いながら転げ回るような状態になってしまった。
時と場所、そして相棒によっては“子ども期”のような“おかしさ”が体験できるという貴重な経験だった。
 
一方、中年男性がくすぐって貰う機会はなかなか無い。
街を歩いていて見かける“マッサージ”の看板の元でなされている行為はそれに近いのだろうか。
性風俗店の“マッサージ”は“性的快楽”を提供するもので“くすぐったさ”とは違う気がするし、“治療”のための“マッサージ”もまた“くすぐったさ”とは程遠い。
最近見かける“性的快楽”とも“治療”ともつかない不思議な“マッサージ”の店、そこには“くすぐったさ”が存在するのだろうか。
いずれにせよ“マッサージ”と銘打った店を利用したことはないのだが、「助けて〜!ひ〜〜死ぬ〜〜」などと叫びたいほどの“くすぐったさ”を提供するなら、「“子ども期”のような若々しさをあなたに」と表示しても“くすぐりセラピー”として誇大広告では無い気もする。

2002年10月12日 土曜日

【「きんぱち」の謎】

「きんぱち」という方言が“ある”。標準弁で言えば「怒りんぼ」程度の意味だ。
 
何処に“ある”かというと、地球儀をぐるっと回して太平洋の左端、朝鮮半島という乳房から乳離れを拒むかのような姿勢でぶら下がる島国、その中央部に子どものオチンチンのような半島があり、その付け根のちょっと左側に虫垂のように飛び出している小さな半島が逆向きに付いていて、さらにその付け根、日本一流れが遅いと言われる2級河川の上流、静岡県清水市能島あたりで育った石原一族内に今も存在するのだ。
 
郷里の友人たちで作ったメーリングリストで、“清水弁”の辞書を作ろうということになり、皆の記憶を掘り起こしてまとめる作業をした際、僕が提出した“清水弁”のひとつが「きんぱち」だったのである。
ところがメンバーの誰一人として「きんぱち」という言葉を知らず、“清水弁”では無いのではないかという話しになった。帰省するたびに、逢う人ごとに尋ねるのだが誰も知らない。そのくせ、親戚内で不幸があったりして50人近い者が集まると、そこではちゃんと「きんぱち」の意味が通じるのである。多分家庭内方言だと思うことにしたのだけれど、日本の何処かに「きんぱち」という方言が無いか気になって2年近くの間、インターネットで検索を続けている。

インターネットというのは生活者の発信する雑多な情報の宝庫なのだけれど、多くの人が均質化した情報を大量に発信し出すと、希少な情報の抽出が困難になるようだ。

「きんぱち」「キンパチ」「金八」「方言」「怒りっぽい」「怒りんぼ」などの言葉を付加して検索してみても、膨大な「3年B組金八先生」の情報の海に遭遇して先に進めない。
武田鉄矢演じる教師像は「きんぱち」そのものなので、きっと関係あるに違いないと睨んでいたのだが、「金八」「語源」で検索したら、同番組が金曜八時の放送枠なので「金八」となったのだと知ってがっかりした。
 
だが諦めない!
ふと友人の編集者の言葉遊びを思い出して、「ズージャ(ジャズ)」「ダンモ(モダン)」「ツンパ(パンツ)」などというジャズ・ミュージシャン言葉に近いのではないかと気づき、土佐言葉の「はちきん(八金)」を調べてみた。
平均的女性を十金とすれば、二金ほど女らしさに欠けているから「八金」
喧嘩ゴマの周りに八分の金属の環が嵌っていたから喧嘩ゴマが「八金」
土佐藩政時代、針屋金蔵という悪乗り男がいて「針金」が訛って「八金」
八綿金右衛門という剛強の馬鹿者がいたので「八金」
八百屋町に金助というこわいもの知らずの男がいて「八金」
などが語源としてあげられ、総じてお調子者、浅はか、思慮分別無し、転じて元気はつらつとなり、現代では土佐の女性の美徳を讃える言葉として用いられているらしい。
 
そうか、「八金」は容易に「金八」に倒立しそうだし、意味合いも遠からずだし、土佐、紀州、駿河、伊豆、房総などを行き交った海洋民族が伝えた方言で、我が家系は清水における貴重な伝承者かもしれないぞ、とも思えてきた。
 
さらに検索するとロマンは広がる。
土佐弁の「はちきん」は、マオリ語の「ハ・チキ・ヌイ」HA-TIKI-NUI(ha=what!;tiki=fetch,proceed to do something;nui=big,large,many)、「なんとまあ物事をさっさと次から次へと片づける(女性である)ことよ」「夢間草廬[むけんのこや]ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源/井上夢間 より)などという説を見つけた。

そういえば、我が家系はポリネシア系の顔つきをしているような気もする。
僕が中学生時代、初めて頂戴したあだ名が酋長だったし、親戚一同が集まると、まるでポリネシアン・パーティみたいだしなぁ。
う〜ん、「きんぱち」“清水弁”の枠に収まらない、貴重なロマン溢れる方言なのかもしれない。
 
※ジャストシステムサイトから公式リンクされている【オダマメ清水弁辞典】はこちら
 写真は、貴重な“浜の衆の清水弁”がとびかう次郎長通り魚初店頭。

2002年10月13日 日曜日

【柔能く剛を制す】

秋晴れの土曜日午後3時頃、六義園正門にほど近い上富士交差点で乗用車同士の衝突事故があった。
 
救急車が到着したものの、重い怪我人も見あたらないようなので一安心。
タクシーと軽乗用車の衝突事故なのだが、野次馬に混じって観察していると、いくつか興味深いことがあった。
最近、軽乗用車の売れ行きは好調なようで、各社、開発に力が入っており、衝突安全性にも充分留意している、などという宣伝文句を目にする機会が増えてきた。
 
子ども時代、男の子には、二つの物があると“どちらが強い?”ということがとても気になり、自動車のオモチャが二台あれば、ぶつけてみたくなる衝動があった。
そのうち、自動車と舟はどちらが強い、舟とロボットはどちらが強い、ロボットと野球盤はどちらが強い、などという支離滅裂、破壊的遊びに走り、それはオモチャからの卒業儀礼だったのかもしれない。
 
大人になると、スウェーデン製のVOLVOは飛び切り硬くて有名だったけれど最近の“丸VOLVO”も硬いのだろうか、パトカーと一般市販車はどちらが硬いのだろうか、小型の普通乗用車と軽自動車はどちらが硬いのだろうか、などと疑問に思うこともあるが、オモチャのように試してみるわけにもいかないので、実際の衝突事故というのは貴重な実験事例になる。

軽乗用車、左側面にタクシーが追突し、軽乗用車が横転しているのだけれど、タクシーの前部が大破しているのに対して、軽乗用車の左側面の損傷が軽微なのに驚く。
軽乗用車は板金修理で再使用可能に思えるが、タクシーはエンジンルームにダメージが大きく、廃車になっちゃうのでは?と思えるくらいの、壊れ方だ。
側面は硬さで搭乗者を守り、正面は柔らかさで搭乗者を守る仕組みになっていて、こういう結果になるのかもしれない。
 
それにしても、軽乗用車側面の剛性は大した物だなぁと感心するのだけれど、現場復旧の作業を見ていた野次馬からは、
「さすが軽自動車、横転しても人間の手で簡単に持ち上げて元に戻るんだなぁ」
などという、笑い声も聞かれた。
そう、転がるから損傷も少ない。
柔道の受け身を二年間も仕込まれると、その有り難みがよくわかる。
上手に転がることは恥ずかしくないし、それもひとつの強さなのだ。

2002年10月13日 日曜日

【iSync Public Beta】

10月4日、AppleComputer から 「iSync Public Beta(アイシンクパブリックベータ)」が公開された。
 
Palm デバイスと、Macintosh のスケジュール管理ソフト iCal と AddressBook のデータ同期が可能とのことで、早速ダウンロードして使用してみた。
CLIE PEG-N600C / SJ30 両機種とも問題なくシンクロナイズ成功。
素晴らしい!

さらに「Unlimited」さんで、「ClockSync! Conduit」の OS X 用が公開されていた。
Palm Desktop 4.0 と併用すると HotSync 時に Macintosh の内蔵クロックに Palm の内蔵クロックがシンクロされる。こちらも完璧に作動。

2002年10月14日 月曜日

【ごはんと赤とんぼ】

雑誌現代農業11月増刊『スローフードな日本!』の装丁中、福岡県糸島郡で「農と自然の研究所」を主催されている宇根豊さんが
 
「ごはんを茶碗一杯食べることによって赤トンボは何匹守られるでしようか?」
 
との問いを発しておられるのが気になり、出来上がって献本を受けたので、早速本文を読んでみた。

「安い」「早い」「安全」「手軽に手に入る」などという、食べ物の“内部価値”にだけ着目し、それこそが価値のすべてであると錯覚することへの警鐘なのだ。質問を平易に言い換えれば、
 
「茶碗一杯のご飯は稲株三株分からとれます。稲株三株分が育つ面積の田んぼでは、赤とんぼは何匹育っているでしょうか?」

ということになる。
 
答えは、ごはん三杯(稲株九株分)食べることによって赤とんぼ一匹が守られる。
 
安く、早く、手軽に手に入り、しかも安全ならば、米など自給しなくても米国から輸入すればいいではないかという考え方だと、田んぼが日本から消失していく時、稲株九株(ごはん三杯)分に対して一匹ずつ、赤とんぼの生息が脅かされていくことになるのだ。
 
2002年発表 農と自然の研究所 「2001年 田んぼのめぐみ台帳生きもの目録調査結果・全国平均値(一部)」から、馴染み深い生きもののデータを拾い出してみる。
 
アカガエル    392杯
ヒキガエル    1333杯
トノサマガエル  113杯
ゲンゴロウ    13杯
タガメ      6667杯
メダカ      83杯
ドジョウ     46杯
フナ       667杯
タナゴ      66667杯
アメリカザリガニ 76杯
平家蛍      208杯
丸タニシ     2杯

 
溜息が出るような数字なのだが、こういうことを理解するのは難しい。
 
「食べていくことに四苦八苦している時代に、虫のことなんか考えてごはんは食べられない」
 
などと反論を受けたりする。
何も、虫のことを考えてごはんを食べろと宇根さんは主張しているわけではなく、“世界をひとつの村にたとえて他人のことを考える本”がベストセラーになっているように、すべてのものが“関係性”の中に存在しており、そこに思いをはせる“しなやかな感性”を取り戻さないと、子どもたちに未来は無いかもしれないよ、と言いたいのだと思う。
 
“内部価値”しか見えない時代の惨状は、“食べ物”の世界だけに限らず、文化すら浸食し始めているように思えてならない。
“手軽さ”は両刃の剣となって、他人を傷つけ、巡り巡って自らを傷つける。
“内部価値”より“外部価値=関係性”こそが尊いのだと考えることは、僕が「言うことがいちいち古くさいなぁ」と苦笑することが多かった学問もない祖父母が、自然に身につけていた知恵だった。
 
「スローフードに戻ろう」という運動も、端折って言えば「食を“外部価値=関係性”の中で捉え直そう」という主張であり、祖父母が生きていたら「あったりめーずら(当たり前でしょう)」と笑われそうな“常識”だったのだが。

2002年10月15日 火曜日

【解凍】

家庭用冷凍冷蔵庫で、最も頻繁に冷凍されるのは白いごはんではないだろうか。
 
残りごはんを冷凍しておくと、忙しい時に便利なのだ。
だが、もし電子レンジという物が無かったら、ホームフリージングがこんなに当たり前になることも無かっただろう。
幼い頃、母は、冷やごはんを蒸し器に入れて温めたり、炊きたてごはんの上に残りの冷やごはんを乗せて暖めたり、涙ぐましい努力をしていたものだった。
 
かつてパソコンの記憶媒体が高価で、データの通信速度が遅かった時代、大きなファイルは圧縮するのが当たり前だった。
様々なソフトハウス、個人プログラマが圧縮・解凍ソフトを作り、その圧縮率、速度、使い勝手などを競い合ったものだ。僕がパソコンを使い始めた頃は、無料で配布されている圧縮・解凍ソフトが最も人気があり、定番として雑誌の付録に付いており、何不自由なく安心して使用していたものだった。

現在、Macintosh のシステムに付属することで、あたかも定番のように使われるようになった圧縮・解凍ソフトは有料である。システム購入費とは別に、お金を払って登録しなければならない。
厳密にいえば、解凍ソフトは無料であり、頻繁にバージョンアップされる有料の最新版で圧縮したファイルも、無料の解凍ソフトを入手すれば解凍は可能になる。
 
ネットでファイルをダウンロードするたびに、最新版をインストールしないかというダイアログが出てうるさいので、インストールして、古いバージョンを置き換えてしまった。
世の中には、最新版で圧縮したから最新版で解凍しろなどと、誇らしげに宣言している輩も多いから。
 
愛用しているメールソフトのベータ版で不具合が出たので、作者に問い合わせると、最新版の解凍ソフトでは日本語ファイル名を扱えないバグがあるという。メールソフトに添付されたファイルの取り出しにも、この解凍ソフトが使われているのである。
ソフト作者のご厚意で、問題のファイルは解凍して貰ったし、まぁいいやと放って置いたら、とんだことになってしまった。
急ぎの仕事で、過去4年分の雑誌のデータを解凍しようとしたら、エラーが出て解凍不能。
圧縮ファイ内は見えるのに、取り出せないのである。
慌てて旧バージョンを探し、どうにでもなれと、新バージョンに上書きインストールしたら、無事解凍できて事なきを得た。やれやれ…。
 
冷凍ごはんの解凍に、オープンレンジを使って冷凍容器を焼いてしまった妻を笑えない。
日常の解凍作業に「最新版」など不要なのだ。
Macintosh ユーザーは、データ圧縮に「.zip」「.lha」「.tar」などの無料圧縮・解凍ソフトを使うべきだと思うし、自身もそう心がけ励行しようとおもう。
最新版を投入しては購入せざるをえないようにし向ける、マッチ・ポンプ式の営業方針を全面的に否定するつもりはないけれど、こう度々バグを連発するソフトに翻弄されるのはかなわない。このソフト、A社の冷蔵庫で冷凍したら、A社の電子レンジで解凍せざるをえない、拉致監禁方式になっているのだから。


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