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【4月6日の六義園しだれ桜 午前中は空いていますが、「桜の前に立つな!」などと言う“いつでも三脚カメラおやじ”がいるので朝一番は避けたほうがいいかもしれません。誰も見ている人を見ませんが、今朝はしだれ桜の脇でこんな花が見事に満開になっていました。】
2005年04月06日 水曜日
【『街道を(ちょっとだけ)ゆく』旧東海道編12】
●●●今日の寄り道→【辻の風】

旧東海道、辻の一里塚を過ぎて200メートルほど行くと左手に細い道があり、「秋葉道(あきはみち)入口」と書かれた「生き活き」街づくり辻の会の解説板がある。
「東海道から秋葉山(寺)に通ずる参道があり秋葉道と呼ばれていた。この入口には戦後まで「秋葉山五丁入」と刻まれた石の道標が建っていた。この道は「矢倉の辻」で北街道(中世東海道)に接続し、辻村の主要な道路であった。」
秋葉山というのは、火防ぎの神様三尺坊大権現を祭った神社であり、神仏分離により本山は静岡県周智郡春野町の秋葉神社と静岡県袋井市の可睡斎に分かれているが、徳川家が可睡斎を重んじたため江戸以降各地にその信仰が広がったという。清水の秋葉山開山は戦国時代1571年であり、遙か昔から厄除けや火防ぎの神様「あきわさん」と呼ばれて慕われている。


毎年12月15日16日の大祭には、秋葉山に続く沿道に多数の露店が並ぶし、子どもの頃はサーカスの小屋がかかったりした。
子どもの頃というのは「ここ」と「あそこ」だけが興味の対象だったのかもしれず、住んでいた場所と行った場所の記憶だけが残っていて、その道中の記憶というものが抜け落ちていることが多い。
幼い頃、あきわさんでサーカスを見た記憶があり、当時住んでいた清水市大内からあきわさんまでバスに乗って北街道を走ったはずなのだが全く記憶にない。漆黒の闇が覆う田中の一軒家と、まばゆい電球にてらされたサーカス小屋の光景が北街道を数キロ隔てて記憶の中で孤立している。
この旧東海道(近世東海道)から「矢倉の辻」で北街道(中世東海道)に接続したという参道は、辻3丁目の国道1号線交差点から真っ直ぐ秋葉山方向へ伸びる広い道ではなく一本手前の細道だったように解説板では読めるが、「矢倉の辻」が現在の北街道「秋葉前交差点」だとすると、現代の地図ではその経路がよくわからない。中世東海道を、静清バイパスと県道338号線のT字路交差点近くにある神明宮から「矢倉の辻」まで辿るルートに関しての解説は『わたしもひとこと・合併通信』サイトの「きょうの清水」に詳しい。


思うに2004年12月04日土曜日の『よじれ撃ち清水ノート……64【地図を塗る】』で気づいた清水平野の成り立ちに関する自分の日記をもう一度読み直してみると「鈴木島江尻浜堤」の上(高い土地)を辿って南下してきた東海道が「嶺西久保浜堤」方向に右折して秋葉丘陵をかすめて中世東海道に折れていったのではないかと思われ、
「その過程で驚いたのは、清水の浜堤の位置が何度も行きつ戻りつした古道の位置にピッタリと重なり、何故旧久能道が不二見小学校手前で海沿いに折れ、村松方面を進んだのかも明瞭になる。古道は地盤のしっかりした浜堤の上を辿ったのであり、歩きづらかったであろう地域は湿地帯だったり、小川が流れていたりしたのである。」(『よじれ撃ち清水ノート……64【地図を塗る】』より)
と同じように古い旧東海道から分岐する秋葉参道もまた旧久能道のように「かくかくっ」と折れ曲がっていたのかもしれない。
そう思って辻3丁目の国道1号線交差点から真っ直ぐ秋葉山方向を眺めると途中で一段窪んでおり、その窪みこそが「鈴木島江尻浜堤」と「嶺西久保浜堤」の境界であり、かつては湿地帯だったり小川が流れていたりしたのではないだろうかと思えたりする。
子ども時代の記憶に「ここ」と「あそこ」を繋ぐ道中が欠落しているように、都市の記憶もまた史跡と史跡を繋ぐ道中を思い出すことがなかなか難しい。多分、記録された人の歴史自体もそういう構造になっている。

写真上段:旧東海道と北街道の交差点。この交差点は事故が多発した時代があるのか、虎模様のコンクリート壁が四隅にある。昔はこういう交差点がたくさんあったことを思い出し、たまらなく懐かしい。
写真下段上:旧秋葉道だったと思われる小路。
写真下段下:矢倉神社前を通って秋葉山に向かう北街道。
[Data:SONY Cyber-shot DSC-F707]
掲示板にて清水市立第一中学出身の方から、国道一号線から秋葉山に向かう北街道が窪んで見える辺りに、かつて南北に流れる川があり、家に入るのに川に渡した橋を渡ったりする生活風景が見られた時代があり、その川は暗渠になっていると教えて頂いた。
掲示板にて清水市立第三中学出身の方から、その川の名は愛染川支流の江川と呼ばれた川であり、江川の東側の高み(「鈴木島江尻浜堤」)を通っていたのが旧東海道、江川に沿って植えられた松並木が「細井の松原」なのだと教えて頂いた。
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【風の辻】
秋葉山へ折れる交差点近く、旧東海道沿いの民家に空き缶やペットボトルを利用した風で動くオブジェが飾られていた。
玄関先に作者であるお父さんが胡座をかき、木槌と金鋏を使って器用に新作を作っていた。話しかけたくても物怖じして出来ないのが僕の弱点で、それでも気になるのでわざと大きな音をたてて息を吹きかけてオブジェを回していたら、お父さんが気づいてこちらを見た。

こちらをちらっと見ただけでまた作業に戻ってしまったが、一瞬合ったお父さんの視線が「(おらも物怖じする方だんてお互いっこだよ)」と言っていた気がし、一瞬でも人の出逢いの風が吹いたのを感じたので満足して道中を急ぐ。
[Data:SONY
Cyber-shot DSC-F707]
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