「立て、立て、立ってくれ〜!」
 
1998 年 2 月、第 18 回冬季五輪長野大会、ジャンプラージヒル団体 2 本目で、原田雅彦がバッケンレコード(最長飛行記録)を越える大ジャンプをしたとき、アナウンサーが絶叫した名文句である。
 
同じ「雅彦」の名を持つ私も思わず椅子から立ち上がったが、直立二足歩行をする人間の私が「立て、立て、立ってくれ〜!」などと言われるのは、おそらく這い這いを卒業した時と、晩年、寝たきり老人になり、三好春樹さんのような優れた理学療法士にベッドから起こされる時くらいのものだろう。
 
水平に置かれているべきと思われるものが、直立することのインパクトは意外に大きい。
水平に寝ているはずのカセットテープを垂直駆動するテープ・デッキを初めて商品化したのは AKAI 電機ではなかったろうか。ゆらゆら揺れるダルマさんの POP が忘れられない。それまでのオーディオ用カセットテープ・デッキは平べったい上面操作タイプで、後に「座布団型」などと呼ばれていた。直立状態で駆動されるカセット・テープは、それだけでオープンリール・テープのように精悍に見えたものだ。
 
パソコン導入以前、友人の会社で見る DOS パソコンは皆、平べったいビデオ・デッキスタイルで、上面にモニターを載せて使うものが多かった。普通の机で使用すると、CRT 画面をやや見上げる姿勢になり、首が痛いのだ。モニタは、やや見下ろすくらいの姿勢が心地好く、見上げるのは仏壇の位牌と写真くらいにしたいものだと常々思っていた。
私の最初の Macintosh である IIvx はこのビデオ・デッキスタイルでカタログにも上面にモニタを載せた写真が使われていた。いわゆるデスク・トップタイプというやつだ。ところが、その前のモデル Macintosh IIci は90度回転して縦置きが可能であり、そうやって使用している友人を羨ましく思ったものだ。IIvx を縦置きで使用することは推奨されておらず、無理やり縦置きしていた友人のマシンが壊れたので、何か問題があったのかもしれない。
 
1994年、Apple から最初のPower PC 搭載マシンが発売され、4 月に Quadra 800 シリーズの後継機種として発表されたのが、PowerMacintosh 8100/80AV だ。縦長の箱型で、いわゆるタワー型というやつ。タワー型にはフルタワー(full tower)、ミドルタワー(middle tower)、ミニタワー(mini tower)などの名称があるのだが、特に高さ何センチ以上という決まりは無い。
 
一方、スキーのジャンプ競技には、ノーマルヒル、ラージヒル、フライングの 3 種類があり、それ以上飛ぶと危険な距離を、ドイツ語の Kritische Punkt からとって K 点と呼び、ノーマルヒルは 90m、ラージヒルは 120m、フライングヒルは 185mと決められている。長野五輪ラージヒルで、泣き虫の雅彦君がアナウンサーの絶叫に背中を押されて飛んだ 137m が、その時点で白馬ラージヒルジャンプ台のバッケンレコードとなった。
 
時代は 68K から PowerPC へ移行する兆しが見えていたので、私は AppleComputer 製の縦置きミドル・タワー、PowerMacintosh 8100/80AV が欲しくて欲しくてたまらず、「立て、立て、立ってくれ〜!」と叫びたかったが、呆気なく立ってしまった。妻が本気で Macintosh を仕事に使いはじめたからだ。
 
PowerPC といってもこの機種では劇的な高速化が感じられず、拡張スロットも NuBus から PCI スロットに移行することになるので、この機種の我が家での飛距離は短く、バッケンレコードを更新することは無かった。唯一、記憶に残っているのは、タワー型なのに機器の増設が非常に厄介だったことくらいである。

PowerMacintosh 8100/80AV:CPU=PowerPC 601/80MHz、最大メモリ搭載容量=264MB(増設単位:2、72pin SIMM)