パソコンは仏壇である。理由は別に無い。
 
毎朝、真正面に向きあい、スイッチを入れて起動するのを待つ時、ふと仏壇に向かってチーンと鐘をならし、仏様に手を合わせているような気がする事があるのだ。祀られている仏様は女性である。
 

パソコンを解体してまず目につく大きな基盤、CPU(中央演算装置)を載せたこの電子基盤をマザーボード(MotherBoard)と呼ぶ。さらに、マザーボード上に取り外し可能な小型基盤が取り付けられていることがあり、これをドーターボード(DaughterBoard)と呼ぶ。パソコンは女性であり、「彼」ではなく「彼女」と呼ぶのが相応しいと私は思う。
 
Macintosh ユーザーと Windows ユーザーの大きな違いの一つに、「パソコン自作」の有無がある。ヘビーな Macintosh ユーザーの中にはジャンク部品を集めて自作してしまうような強者もいるのだろうが、基本的に Macintosh ユーザーは宛い扶持の女性を妻とする。片や Windows ユーザーは自ら部品を買い集めて理想の女性を作り上げることが多い。自分の創造した女性が「動いた!」と喜色満面で自慢する友人もいる。
 
Macintosh で仕事する友人と話す時、「自作と言ったって、動くように作られた部品を組み合わせているだけで、そのパソコンを使って何を作り上げて行くかこそが真に創造的な事であり、自作を創造的なことであるとはき違えている Windows ユーザーの気持ちが分からん」と言うのを、よく耳にする。私も理解できる部分もあるので首肯しておくことにしている。
 
海上保安官であり、森林インストラクターでもあるOさんからメールが届いた。
 
子供達2人も、ノートパソコンに物足りなさを感じ始めたようなので、ノートパソコンを友人に売って、PC の中に人の手を入れられる ATX のパソコンを2台組み立てました。ケースは子供達の好みで新品を選ばせて、中身は昔使っていた部品を寄せ集めたり、足りないものをオークションで手に入れたりして愛着マシンが完成しました。
スペックもなかなかで、3Dグリグリゲームにもなんとか耐えうるマシンができました。
(【ATX】Intel 社が1995年に発表した汎用マザーボード仕様 :石原注)

 
Oさんには可愛らしい二人のお子さん(男女)がいて、Oさんが海保のシステム管理などでも活躍されているので、幼い頃からお父さんと一緒にパソコンに親しんでいるらしい。
「ノートパソコンに物足りなさを感じ始めた」なら、その先にある創造的なこと、絵が好きなら高度なグラフィックソフトに挑戦、音楽が好きなら高度な音楽ソフトに挑戦、などと「真に創造的な事」へのステップアップを思い付くこともあるかもしれないが、私はそうは思わない。絵が好きなら紙に向かって書いたほうがいいし、音楽が好きなら自分の全身で奏でたほうがいい。若い頃はリアルさを手掴みするべきなのだ。「真に創造的な事」が金に直結する私たちの発想を、子どもにあてはめてはいけない。
 
Oさんの「自作」は、
 
ただの機械だと知っていても、自分で何台も組み立てているとどうしても、どこかに昔から使っている部品を使わないといられない部分があって、外観もマザーも CPU も真新しいのに、増設 PCI ボードや SCSI ボードは昔のままのものを使って、リムーバブル HDD にも一部の ATA66 を未だに使っているんです。
 でも、こうやって使っていくことで、血を受け継いでいるようななにか愛着がわいてきて、ただの機械といえどもかわいい奴に思えてきます。

 
という人間味溢れるものである。仏壇だって故人への愛惜を込めて自作すれば、一つ一つの細部に祈りがこもるはずなのだ。ここが「脳」の CPU、ここがその容量を決めるメモリ、ここが目にあたるグラフィック・チップ、ここが栄養を送る電源ユニット、ここが耳にあたるサウンドポート、ここが消化器みたいなハードディスク、ここが指みたいな PCI ボード、こっちが足みたいな SCSI ボード、と命あるものを組み上げて行くような Oさんと子どもたちの素敵な触れ合いが目に浮かぶ。
パソコンは金が稼げればそれで良い「謎のブラックボックス」では無いのだ。パソコンに手を入れ「命を手掴みし愛を実感する」ということは情報社会を生きるための、ひとつの通過儀礼であってもいいかもしれない。自動車運転免許取得に整備の知識が欠かせないのと同じことだ。
 
パソコンに「手を入れる」ならタワー型が最適だ。
我が家の初代タワー型、Power Macintosh 8100/80AV はその点、最悪で、歴代 Macintosh の中でも最も扱いにくい女性だったと思う。着物を何枚も着こみ、がんじがらめに帯を巻き、さらにコートを着こんでベッドに入ってくる女性のようで、脱がせるのも大変なら、再び着せるのも大仕事で、不具合があるごとに「手を入れる」のが嫌になるような、手間のかかるやんちゃ娘だった。
 
1997年、MAC WORLD Expo/Tokyo で発表された Power Macintosh 8600/200/ZIP を後妻に迎えたのだが、これは素晴らしい出来栄えの彼女だった。
本体上面のエメラルド・グリーン、半透明ギョーザ型ボタンを押し、内部同素材のバーを二ヵ所引き上げると、「さあ、どうぞ」とばかり、ハラリと全てがあらわになる。ホック三つでの素早い脱衣には、ただただため息が出るばかりであった。今では当たり前のような気もするが、1997年の発表を考えると先進的で、さばけた女性だったような気もする。
性能的にも優れていて、後に娶る Power Macintosh G3 MT266/ZIP より、特定動作では、かえって軽快に作動するような気がしたこともある。引退後も我が家の永久保存銘機として今だにその若々しさを失わず、手の入れ甲斐のある佳人である。

Power Macintosh 8600/200/ZIP:CPU=PowerPC 604e/200MHz、最大メモリ搭載容量=512MB