パソコンは小さいほうがいい。絶対小さいに限る。
 
そんな話をすると、「いや、小さすぎると、また使いづらい」という人が、きまって現れ、話は隘路に入っていく。
 
私が言っているのは、見ても何やらわからない電子曼荼羅の計算機部分のことであり、インターフェイスであるディスプレイとキーボードは適度な大きさが好もしく、決して小さすぎてはいけないと、私も思う。ただ、“小さいパソコン”と言うとノートパソコンを思い浮かべるので、話がややこしくなるのだ。
“電卓は小さければ小さいほど良いが、数字ボタンと計算結果表示は大きい方が良い”という理想が相矛盾して両立しないのと同じことなのだ。
 
私は、ぶらりと旅に出るのが好きである。それが許されないから、そうしないだけで、社会に打ち捨てられ、しがらみのない人間だったら、ある日、流木が再び浜辺を離れるように、気ままに旅に出てみたいと思う。
気ままな旅では無いけれど、時折、仕事の出張で泊まりがけの旅に出ることがある。
下着の替えを持つくらいの軽装で出掛けるのが好きなのだが、妻がしてくれる旅支度は、微に入り細を穿ったもので、それは「小さな家庭」を持ち運ぶに等しい重装備になってしまう。
さらに、妻も同伴でとなると、「持ち出す家庭」も更に大きくなる。男にくらべて、女のそれは、あれこれ欠かすことのできないモノが多いらしい。
 
パソコンを持ち歩くというのも、それに似ている。
重装備を望む女性型と、軽装備を望む男性型である。
仕事でパソコンを使い、利便性を肯定的に感じるようになると、その「便利さ」を持ち歩きたくなる。持ち歩きたくなった時の旅支度の態度に、女性型と男性型が現れるのである。
私は、ワープロ、メーラー、辞書、住所録、計算機程度があれば、旅支度としては充分であり、それだけの機能を詰め込んだものがポケットにおさまる「小さな旅支度」であることを、潔く好もしいものと思う。ディスプレイもキーボードも小さくて良いのである。
その対極に「いや、小さすぎると、また使いづらい」という人が登場し、彼らは持ち運びたい「家庭」が違うので、重装備を望むのである。
 
Macintosh ユーザーが旅先で Macintosh を使うための「小さな旅支度」というものは無い。

Macintosh の使い心地を残したままで「ワープロ、メーラー、辞書、住所録、計算機程度」を持ち歩く道具を作れないわけではないが、AppleComputer はパソコンを小さくすることに抵抗して来た。
かつて、Macintosh PowerBook 2400c という小さな PowerBook が存在した。日本 IBM が設計を担当したという話も聞く。日本のユーザーは狂喜し、もっともっと小さくと要望し、小さすぎて米国本土では商業的に成功しなかった事を理由に製造中止が決まった時は、延命を嘆願したものである。
大きな帆立貝スタイルの iBook の貝殻から、小型の iBook 500/12.1 が誕生した時は驚いた。ビーナスの再来だったからだ。
その時点で、我が家では PowerBook G4 の購入を決めていたのだが、急遽 iBook 500/12.1 を二台購入することに変更した。本体の小ささもさることながら、価格が PowerBook G4 の半値近い「小ささ」だったし、結婚二十周年を記念して、夫婦揃って新しいお揃いのパソコンもいいなと思えたからである。
 
だが、これすらも大きな旅支度であり、妻の iBook 500/12.1 は、大型の液晶ディスプレイと AppleProKeyboard を接続して、蓋を閉じたまま起動し省スペースデスクトップ型パソコンとなっているし、私のは自宅への持ち帰り残業用となっている。「小さな旅支度」とは呼べない大きさであることに、変わりはないのである。
 
AppleComputer が作ってくれなくても、「ワープロ、メーラー、辞書、住所録、計算機程度」を持ち歩くのに適した「小さな旅支度」が Windows の世界には用意されている。
NTTドコモのsigmarionII (シグマリオンII)という PDA がそれで、H/PC2000 という OS を搭載している。操作感は本家の Windows より、遥かに Macintosh の使い勝手に近いように、私には思え、しかも、使わないけれど Pocket Office や Internet Explorer のようなネットブラウザまで搭載されているのである。

林檎のマークがないのは寂しいが、これが現時点での、私の「小さな旅支度」なのである。

iBook 500/12.1:CPU=500MHz PowerPC G3、最大メモリ搭載容量=PC100 SDRAM で最大640MB まで拡張可能