幸せを手に入れた途端に、それを失うことを思い描いて哀しくなるタイプの人間がいる。喜びと悲しみが常に表裏一体なのだ。
 
林檎マークのパソコンを手に入れて惚れ込み、その幸せを失う自分を想像しただけで堪え切れず、もう一台欲しくて欲しくて矢も盾もたまらなくなってしまった私がそのタイプだ。“仕事に使用しているパソコンがある日突然故障したら困るではないか!”との妄想を逞しくし、パソコン故障に泣いた友人の話を誇張し、“風雲他山”の旗印のもと敵陣に切りこみ、妻を説得して何とかもう一台、林檎マークのパソコン購入を、と画策したのだが、どうしても説得する自信がない。どうせ、もう一台購入するならノート型の PowerBook が希望だったのだが、数十万もする鼠色の“大人の玩具”を突然持ち帰り、気まずい灰色の食卓で妻と向きあう勇気が私にはなかった。
 
「欲しい」「欲しい」と溜息形の吹き出しを頭上に放出しながら秋葉原をうろついていたら、難局打開の切り札とも思える、素晴らしい珍品を見つけてしまった。
Apple Computer が JAPAN 女子ゴルフツアー(JLPGA)を後援したのを記念して、1991 年 9 月 13 日に発売された“JLPGA Special Color PowerBook”がそれで、日本国内で限定 500 台販売されたものだった。当時、ベネトンの F-1 レーシングチームが使用していたカラーリングに似ていたので、通称“ベネトン・モデル”と呼ばれているらしい。現在ではプレミアムが付いているらしいが、あまりの奇抜さ、値段の高さ、さらに翌年 PowerBook 180 が発売されたこともあって、1993 年当時まで新品で格安在庫処分されていたのである。
 
思わず衝動買いしたものの、これは一種の博打である。
何せ“ベネトン・カラー”のノートパソコンなのである。グローバル・ヴィレッジの内蔵モデムまで増設して貰ったので二十万を越えてしまったのも後ろめたい。
 
「ジャ〜ン! ベネトン・カラーの PowerBook だよ!」
「あなた、頭がどうかしちゃったんじゃないの?」
これは最悪のケース。
 
「ジャ〜ン! ベネトン・カラーの PowerBook だよ!」
「わ〜っ、可愛い〜〜〜っ!」
これが最善のケース。
 
一生の不作か、理想の少女趣味妻か。
 
   ***
 
その後、ベネトン・カラーの PowerBook は NIFTY-Serve のパソコン通信と、妻の Macintosh 入門用愛機として活躍し、現在も我が家の永久保存 Macintosh となって余生を送っている。
 
モノクロ TFT の液晶は真夏の太陽の下でも鮮明に文字が表示され、原稿書きの作業が快適にできる。私が Apple Computer を買収できるほどの大富豪なら、一時期私物化して、当時の漢字Talk 6.0.7 の OS で良いから長時間駆動モノクロ・モバイル・ノートを作るのにと残念でならない。

PowerBook 170 JLPGA:CPU=68030/25MHz、FPU=MC68882、最大メモリ搭載容量=8MB