電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

2009/03
2009/02
2009/01
2008/12
2008/11
2008/10
2008/09
2008/08
2008/07
2008/06
2008/05
2008/04
2008/03
2008/02
2008/01
2007/12
2007/11
2007/10
2007/09
2007/08
2007/07
2007/06
2007/05
2007/04
2007/03
2007/02
2007/01
2006/12
2006/11
2006/10
2006/09
2006/08
2006/07
2006/06
2006/05
2006/04
2006/03
2006/02
2006/01
2005/12
2005/11
2005/10
2005/09
2005/08
2005/07
2005/06
2005/05
2005/04
2005/03
2005/02
2005/01
2004/12
2004/11
2004/10
2004/09
2004/08
2004/07
2004/06
2004/05
2004/04
2004/03
2004/02
2004/01
2003/12
2003/11
2003/10
2003/09
2003/08
2003/07
2003/06
2003/05
2003/04
2003/03
2003/02
2003/01
2002/12
2002/11
2002/10
2002/09

2002/08
2002/07
2002/06
2002/05
2002/04
2002/03
2002/02
2002/01
2001/12
2001/11
2001/10
2001/09

2001/08
2001/07
2001/06
2001/05
2001/04
2001/03
2001/02
2001/01
2000/12
2000/11
2000/10
2000/09
2000/08
2000/07
2000/06
2000/05
2000/04
2000/03
2000/02
2000/01
1999/12
1999/11
1999/10
1999/10以前



三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2008年04月24日(木曜日)の日記
■清水目玉焼2008…7 桜橋駅の小さな変遷

 


icon

静岡県清水。
静岡鉄道新清水駅を発車した電車が鉄橋を渡って最初に停まる駅が生家に近い入江岡駅。
ホームの端にある小さな階段を上ると小さな改札口があり、入江岡駅は小さな小さな橋上駅舎になっている。
 
その次の桜橋駅までは直線距離にして400メートルほどあり、昔も今も入江岡駅より乗降客が多いので改札口も大きく、県道407号静岡草薙清水線、通称南幹線脇の平地に駅舎がある。
 
友人のブログを読んでいたら、かつては桜橋の駅舎も入江岡駅同様に橋の上にあったというのだけれど、僕にはどうしてもその駅の姿が思い浮かばず、友人もまた
「…そう言われてみると、桜橋の電停も昔のホームは一つしかなく、学生の乗降でごった返していた。でも、その時も改札は今の所だったような気がするのだが、もっと前は、違うのかもしれない。」(『私のなべ四器(規矩準縄)』より)
と書いており、彼は僕より3学年下なのだけれど、生まれてこの方ずっと清水に住んでいるにもかかわらず、やはり僕と同じく橋上駅舎だった桜橋駅の記憶がないというので、桜橋駅が橋上駅舎だったのは相当昔の話だろうと思っていた。

Photo

1970〜1年、高校一年生の時に撮影したネガフィルムに桜橋上から見た桜橋駅ホームの写真があり、友人が言うようにホームは島のように一つで新静岡方面へ向かう列車の線路を渡って南幹線脇の改札に出るようになっていて駅舎の位置は今とは変わらない。
 
国土地理院が撮影した1961(昭和36)年の空中写真を拡大してみたら、友人が言うとおり確かに現在の桜橋上に上る屋根付き階段が写っているのでその年まで桜橋駅は橋上駅舎だったことがわかる。
 
ところが驚いたことに同じく国土地理院が撮影した1969(昭和44)年の空中写真にも同じ橋上駅舎が写っており、ということは僕が1970〜1(昭和45〜6)年に桜橋の上からホームを見下ろして撮影した直前に旧駅舎は解体されていることになる。

map

▲マウスを画像上に置くと解説が表示されます▲

空中写真をよく見ると左手から南幹線が桜橋駅に向かって延びてきており、この空中撮影の直後に桜橋駅南側の更地化が完了して道路ができ、今の桜橋駅舎ができあがったと思われるので、この空中写真は消える直前、最期の桜橋駅橋上駅舎をとらえていたことになる。

   ***

友人からBlogに書き込みをいただき、このページトップにある桜橋から撮影したと思って掲載した駅は何と狐ヶ崎ヤングランド前駅(現狐ヶ崎駅)だと教えていただいた。
 
思い込みの呪縛から解かれてよく見れば確かにホームの向こうに今は掛け替えられた上原跨線橋(通称太鼓橋)が見えている。
 

ということは1974(昭和49)年7月7日の七夕豪雨で損害を受けて掛け替えられたのではないかと思われる谷津川の水管橋兼用跨線橋上から撮影したのではないかと思い、国土地理院1969年撮影の空中写真を拡大してみた。

map

▲マウスを画像上に置くと解説が表示されます▲

国土地理院2005年撮影によるカラーの空中写真をウェブ上で見ると跨線橋はもう少し時計回りに斜めに架かっているので写真撮影した橋はやはり数年後の七夕豪雨後に掛け替えられたのだと思う。

アドバイスをいただいた薬局の末息子(H.N.)さんに感謝。

   ***

その後静鉄調査隊(H.N.)さんから、狐ヶ崎駅東側で東海道本線と静岡鉄道を跨ぐ谷津沢川の橋は水路橋(河川・用水・水道・発電水路などが、道路・川などを横断する場合につくる橋。導水橋。)であることを教えていただいた。 現在の橋は1990(平成2)年に架け替えられたもので、上記の写真を撮影したのはやはり1969年の空中写真に写っている先代の橋だった。東海道本線敷設時に経路変更ができなかったため扇状地を切り通しとし、流れていた谷津沢川を平川地側から北脇側へ水路橋で渡したのであり、かつては木造だったこともあるという。

資料提供と助言をいただいた静鉄調査隊(H.N.)さんに感謝。

icon


この日記へのコメントはこちらへ

▲今朝の「先割れくん」

button




僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか

こちらは随時更新中!

 


電脳六義園サイトへのリンクは下のバナーをご利用ください。