電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2008年04月25日(金曜日)の日記
■清水目玉焼2008…8 市川崑と東泉寺と南幹線

 


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静岡県清水市で過ごした中学生時代、学年全員そろって学校から歩いて新清水駅前の映画館に映画を見に行ったことがあり、それはおそらく1968年の秋から冬にかけてではなかったかと思う。
 
清水市立第二中学校正門を出て記念塔通りを歩き、八分団前を左折して旧久能道に入って500メートルほど歩くと、入江岡跨線橋手前を右に折れる広い通りがあり、それが全線開通前の県道407号静岡草薙清水線、通称南幹線だった。
 
当時は更地化されて新しい道ができたばかりだったようで、まだ舗装もされていない土丸出しのデコボコ道のあちらこちらに水溜まりができていたのを覚えている。

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そんな道をどうして300名近くの坊主頭で詰め襟の男子生徒と短髪か三つ編みでセーラー服姿の女子生徒という僧侶のような一団がなぜぞろぞろと映画館まで行進していたかというと、市川崑監督の記録映画『第50回全国高校野球選手権大会 青春』が『セントラル』か『東宝』か『さくら』か、いずれかの映画館に掛かっていたのだった。
 
1968年、夏の甲子園大会50回を記念したこの大会では本土復帰前の沖縄から出場した興南高校が準決勝進出を果たして話題になったが、左の本格派投手新浦壽夫(後に巨人軍入団)の熱投で地元静岡商業高校が決勝戦に勝ち進み、興国高校相手に1対0で敗れたものの静岡県民が熱い声援をおくった夏の甲子園が記録された映画だったので、二中に限らず清水市内の中学生はこぞって見に行かされたのかも知れない。

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その当時南幹線は旧清水市役所前から西進して旧久能道に突き当たって止まっていたのだけれど、浜田町に古くからあるラーメン屋で飲んでいたら
「突き当たりには寺があって、そこの息子はたぶんお前の同級生だぞ」
と言われてびっくりしたことがある。
 
同級生が寺の息子だったというのもびっくりしたけれど、道路を造るために寺や墓地まで移転させたということにも驚いた。
 
寺の名を東泉寺といい1585(天正13)年開基の古い寺だったが南幹線新設のため立ち退いて追分2丁目に移って現存しており、移転は1971(昭和46)年の事だったという。
 
手元に国土地理院1969(昭和44)年撮影の空中写真があるので拡大してみると確かに寺があり、寺に突き当たった南幹線は舗装が完了しているように見える。

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高校時代に撮影したモノクロフィルムに東泉寺のあった場所から桜橋まで開通した南幹線を写したものが1本ある。1968年に市川崑作品を見に歩いた泥んこ道は、1969年には舗装され、入江岡・桜橋間の立ち退きと更地化は1971年までに完了して開通したのだと思う。
 
それにしてもあの日見た市川崑『第50回全国高校野球選手権大会 青春』は中学生にとってとても感動的で美しい映画だった記憶があり今でももう一度見てみたいと思う。

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