電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2008年05月12日(月曜日)の日記
■渚の鶏飯

 


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郷里静岡県清水の実家片づけ帰省中に困ることの一つが近所にコンビニエンスストアがないことで、おにぎり一つゴミ袋一枚買うにも(一枚売りはしてないけど)遠くまで足を延ばさなくてはならない。
 
かつては旧東海道入江二丁目の角に一軒、南幹線浜田交差点の所に二軒コンビニエンスストアがあったのだけれど今はどれもない。
 
無人となった実家であまり火を使いたくないので、朝食は買ってきたおにぎりやパンで済ませたいのだけれど早起きして近所で買える店がない。
 
不便だなぁと思うのだけれど実家のあるあたりで暮らす人はさほど不便に感じないらしく、近所の飲食店で聞くと
「この辺の人はみんな昔の人だんてあまり買い食いや外食はしないだよ。だもんで店屋物(てんやもの)一つとるにもどうして家で作れないかの言い訳んたーいへん」
などと苦笑いで言う。
「この辺の衆は昔の人ばっかだもんでコンビニなんかいらないだよ、やっても長かあ続かない」
 
とはいえ昔ながらの個人商店が今も並んでいる町ならまだしも、スーパーマーケットやコンビニがいったん出店して個人商店を淘汰してしまった町から再びスーパーマーケットやコンビニが撤退してしまうと、食べられるペンペン草さえ生えないと喩えたくなるような有様で、余程計画的に前もって買い物をしておかないと朝御飯も食べられない。

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先日友人たちと早朝歴史散歩をした際に美濃輪町の友人が次郎長通り『梅の家』の柏餅を差し入れてくれ、
「(そうか次郎長通り『梅の家』はそんなに早くから店を開けているのか)」
と良い情報を得たので11日の早朝に行ってみた。

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▲清水小学校の子どもたちが書いた次郎長通り『梅の家』の紹介。営業時間が午前六時から午後七時という働き者であることがわかる。

早朝からちゃんと次郎長通り『梅の家』は開いており、できたてのおにぎりや餅類が並んでいて、店の前を通りかかっては買っていく人がいる。おにぎりの店が午前10時開店では話にならないので、こういう店がある町がうらやましい。
 
とはいえこの町も
「この辺の人は昔の人だからあまり買い食いや外食はしないだよ。」
といったぐあいの人が多そうな気がするので、僕と同じような朝食難民が遠くからここを目指してやってくるのかも知れない。

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おにぎりの横に鶏飯(とりめし)があり、鶏の炊き込みご飯の上に炒り卵を載せたものなのだけれど、かつて友人たちと港橋の料理店で再現して貰った昔ながらの清水親子丼もこういう食べ物だった。
 
「(懐かしいなぁ)」
と思ったので買って食べる場所を探す。
 
天気が良ければ巴川のコンクリート護岸に腰を下ろして古い清水湊を眺めながら食べるのが好きなのだけれど、雨が降っているのでエスパルスドリームプラザまで歩き、海に面した2階デッキの屋根のある部分に濡れていないテーブルと椅子を見つけ、新しい清水湊を見ながら鶏飯を食べる。

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鶏の炊き込みご飯がしょっぱめなのに対して黄色い炒り卵がとても甘くて、どちらもお弁当として傷まないように昔ながらの気配りが行き届いていることを感じる。
 
「(しょっぱい…甘い…しょっぱい…甘い…しょっぱい…甘い…)」
の繰り返しがなかなか美味しくて、清水湊を眺めて食べる鶏飯はおつなものだけれど、いかんせん海から吹き付ける雨混じりの風が冷たくて寒い。

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清水っ子は海に向かったら寒いなんて弱音を吐いちゃだめだと心の中で自分に言い聞かせるのだけれど
「(しょっぱい…甘い…しょっぱい…甘い…しょっぱい…甘い…)」
に続いて
「(美味しい…寒い…美味しい…寒い…美味しい…寒い…)」
と正直な身体が呟いている。

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