電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2008年07月15日(火曜日)の日記
■まちのかたち、生きもののかたち

 


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日射しが和らいだ土曜日の午後、買い物するならもってこいの時間帯に、商店街に人影がなくていいのだろうかと思うけれど、いいも悪いも詮無いことと思いなして穏やかに眺めれば、それもまたこのまちのかたちとなっている。

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舗道に若いねこがぼんやり腰を下ろしており、飼い猫なのかあまりひとを恐れる風もないのだけれど、やはり大柄でがに股の男がのしのしと近づいてくるので警戒して顔をこちらに向ける。

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ねことしたら真正面に顔を向け相手との距離を測りつつ害意の有無を確かめなければいけないのだけれど、このねこはそっぽを向いたように右目だけをこちらに向けているので変だなと思い、すれ違いざまに観察したら、左目はひどい眼病でおそらくもう視力がないのだと思う。
 
ひとはもちろんのこと、生きものはおそらくみんな身体のどこかに多少なりとも不具合を抱えて生きており、僕がひとと話すときに左耳に手を当てたり右耳を相手のほうに向けたりするのは左耳がひどい難聴だからだし、がに股で歩いて靴底の外側ばかりがすり減ってしまうのも、身体の不都合を補おうとする無意識の工夫なのかも知れず、それが僕というもののかたちになっている。

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昔、近所に住んでいた働き者の夫婦は、大きな岡持にいっぱいの料理を入れ、雨の日も風の日も身体を潰れかけたマッチ箱のように平行四辺形にして出前に歩いていた。お店を閉じ、隠居生活になられても潰れかけたマッチ箱のように平行四辺形になって歩いているように見え、あれがあの夫婦の人生のかたちだったんだろうなと懐かしく思い出す。
 
まちもねこもひとも、それらしいかたちをして耐えながら今ここにある。

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▲今朝の「先割れくん」



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