電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2008年07月18日(金曜日)の日記
■色の記録、色の記憶

 


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小学生時代のアルバムは白黒写真ばかりでカラー写真の有彩色がない。
 
唯一、修学旅行で訪れた日光小田代ヶ原で、男性教諭が
「これからカラーで記念写真を撮るぞ」
と言ったら歓声が上がり、その一枚だけがアルバムに残っており、それほどにカラー写真が庶民には珍しい時代だった。
 
小学生時代は遠足のたびに記念写真を撮り、それらはキャビネ版の白黒写真としてアルバムにあるが無料で配られたのか買ったのかの記憶はない。だが日光小田代ヶ原で撮影したカラーの記念写真は有料だったのを覚えており、とても高価で希望者だけが買ったのだった。キャビネサイズのカラー写真は一学期の給食費より高かったような記憶があり、給食費が払えない児童がクラスに何人もいた時代なので、36人の同窓生すべてのアルバムにカラー写真があるわけではないのかもしれない。珍しいカラー写真はまたとても高価でもあった時代だった。

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▲静岡県清水。清水駅東口広場の街路樹。

記録に色のない時代の記憶には色が少ない。
空が青く、野山は緑で、菜の花は黄色く…などという概念的色彩を当てはめた塗り絵ではなく、あの日あの時あの瞬間の記録として刻み込まれた鮮やかに色のある記憶というのが極めて少ない。
 
小学校低学年時代は近所に同年配の男子児童がいなくて女の子とばかり遊んでいた。
女の子の遊びというのはとても遊びとは思えない不思議なもので、近所の家の庭から朝顔の花をたくさん摘んできて、お母さんが料理を作るように、水に浸しガラスコップの中に絞って色水を作ったりした。
「はいどうぞ」
などと渡されても、口に入れて味わったりできるわけはないので、ありがたく受け取ってただ眺めているだけなのだけれど、花の種類によって赤から紫を経て青色に至るまで色水に微妙な違いがあるのが妙に面白かったことが忘れられない。
 
当時の子どもは怪我をするとすぐに真っ赤な赤チンを塗られたもので、遠くから見ても転んで怪我をしたことが一目でわかってしまうのだった。
「(しまったなぁ、みんなに笑われるかなぁ)」
などと思いながら、でっかく塗られた赤チンを恨めしげに眺めていると、乾き出した赤チンの表面が光線の加減で金色に輝くのが面白かった。

色のないモノクローム写真のような記憶の中で、印象深く見つめたガラスコップの色水や肌に丸く塗られた赤チンが、かろうじてそこだけカラー写真のように記憶に残っていることもまた面白い心の現象だと思う。

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▲先の写真のカラー版。
緑萌え立つ季節の街路樹に紅葉する葉が有ることに心惹かれた記録。
白黒写真では記録しきれない感傷。

記録がカラーであることが当たり前の時代に育つ子どもたちの心のアルバムにはモノクロームの記憶などとうにないのかもしれない。
 
写真がデジタルな記録であるのも当たり前になる時代が近いようで、コダックのリバーサルカラーフィルム『コダクローム』も製造中止になった。

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▲今朝の「先割れくん」



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