電脳六義園通信所管理人 石原雅彦の日日抄

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三好春樹主催・生活とリハビリ研究所サイトの管理日誌です。

2008年07月28日(月曜日)の日記
■まちの肖像

 


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合衆国第16代大統領だったリンカーンは、「人間四十を過ぎると、その人間の経験、思想、品様のすべてが第二の顔を作りはじめる」(司馬遼太郎「顔の話」より)と言って顔の善し悪しで組閣の人選をしたというけれど、店というのも開店して何十年も経つとそういう第二の顔が店頭に現れているような気がする。
 
清水区巴町。生まれて初めてジーンズを買ってもらった軍物の店『AMERICAYA』。少なくとも36年前にはすでにこの場所にあったので第二の顔が見えてきたようにも思う。

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我が母の世代は“Gパン”といえば不良が着る米軍放出品か古着と思っていた世代であり、
「もっと綺麗なのはないの?」
などと店主に言って国産の新品をとりだして貰い
「こういう生地は縮むからゆったりしたのがいい」
とびっくりするような母親の指示でゆるゆるのジーンズ姿になってしまった想い出の店。
生まれて初めてのジーンズはBIGSTONEというブランドで大石貿易なのでビッグストーンであり、生地はリーバイスと同じメーカーのものだったらしい。
「上着もないとおかしいよ」
などと言ってやはりゆったりした“Gジャン”とセットで買ってもらい、ちょっぴり背伸びして不良を気取るつもりだったのに作務衣姿のように清く正しいジーンズライフが始まってしまった場所である。

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清水みなと祭りと八雲神社祭典と少年柔道メンバー募集のポスターがある『樋口米店』。
タスポカード用の写真を無料で撮りますという立て看板があり、ガラス戸に貼られた手書きポスターにも共通した、味わいのある文字を書く店主がいるんだなぁとしばし見入ってしまう。

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「WE BELIEVE」清水エスパルスのポスターがある『堀折箱店』。
やはり36年ほど前、母親が営んでいた飲み屋のお使いで経木や割り箸などを買いに通った懐かしい店。驚くくらいに何も変わっていなくて、まわりの世界が勝手に変わってしまうことによって良い顔になっているように見える。
 
第二の顔が並びはじめた巴町商店街の肖像を眺めながら新清水駅に向かう。

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▲今朝の「先割れくん」


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